・・・ 母が読書好きであった関係から、家の古びた大本箱に茶色表紙の国民文庫が何冊もあって、私は一方で少女世界の当選作文を熱心に読みながら、ろくに訳も分らず竹取物語、平家物語、方丈記、近松、西鶴の作品、雨月物語などを盛によんだ。与謝野晶子さんの・・・ 宮本百合子 「行方不明の処女作」
・・・桂離宮の玄関前とか、大徳寺真珠庵の方丈の庭とかは、その代表的なものと言ってよい。嵯峨の臨川寺の本堂前も、二十七、八年前からそういう苔庭になっている。こういう杉苔は、四季を通じて鮮やかな緑の色調を持ち続け、いつも柔らかそうにふくふくとしている・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
・・・小高いところにあるお寺の方丈か何かで、回りに高い松の樹があり、その梢の方から松籟の爽やかな響きが伝わってくる。碁盤を挟んで対坐しているのは、この寺の住持と、麓の村の地主とであって、いずれもまだ還暦にはならない。時は真夏の午後、三、四時ごろで・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫