・・・熟語、形容詞をつかって、こんにちの読者にはふり仮名なしにはよめない麗句で朝日ののぼる姿を描き、あるいは、余情綿々たる和文調で草木の美を叙し、しかも根本を貫いている思想は、自然への逃避を志す東洋的態度の旧套を脱せず、人間と自然との二元的な相対・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ そのひとの文学理論の立場から云えば、いくらか前進した生活感情がありそうだと思われるのに、思いのほか旧套にこもって、女の生活の苦しみを割合浅いところで見ている例に遭うことも、様々に深く私たちを考えさせることである。 それらの原因こそ・・・ 宮本百合子 「職業のふしぎ」
・・・と云うつなげかたも何か妙だが、そこにはその小説の作者が、結婚というごく社会的な内容の対象を、テーマの上では男の或る意味での平凡な旧套に立つエゴイスムの肯定として扱っている態度とどこか相通ずるものが感じられなくもない。 だけれども「学生の・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・戦前のようではなく、戦争中のままではもとよりなく、さりとて、ほんとうに民主的になろうとし、旧套から脱して人間らしい人間に立ち上ろうとする意欲と力に満ちているというのでもない。 舟橋聖一の「毒」に示された一種の露悪的な文学の傾向があります・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・作者は姑との軋轢に苦しむアサ夫婦の心持を、旧套の力がのしかかる大さの感覚でうけて観ており、後半では作者自身の理想に立ってアサの成長を描いているようにも思える。アサが、誰にも負けるもんか、負けるものかと思っている、そういう前半の自然発生な女の・・・ 宮本百合子 「徳永直の「はたらく人々」」
・・・この場合、運動の歴史の若いことは各個人に複雑に作用して、中心力を失った人々はそれを持たなかった以前よりも一個の人間としてましに成っているものとして残されず、却って卑俗なもの、旧套なものの中に自分の重みで深く落ちこんだようなところさえ見られる・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・抑々文壇の発生の初めは、当時の文学者たちが当時の社会の旧套、常套が彼等の人生探求の態度に加えようとする制約を反撥する心持の、同気相求むるところからであったろう。硯友社時代の師匠、その弟子という関係でかためられた流派的存在、対立が、各学校の文・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・この作品で、都会が農村に対する一般的な破壊力としてだけ立ち現れる旧套にとどまったのは遺憾である。少くとも作者の洞察の前では、水道を切られている日蔭の町の居住者達の存在が社会的相関的に見とおされている上で、農村の蹂躙が語られるべき現代であると・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・その情熱ぬきに、子供の側から見れば、それが多くの場合歴史的な桎梏となっている今日の親子関係の旧套を、そのまま肯定しようとするのであれば、その間には腑に落ちかねる飛躍があると思う。貞操の観念に対して女は久しく受動的であり、無智であったことから・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・の客観的本質は、偽善なく現実社会の曝露を敢てしようとする十九世紀の思想に抗して、日本的な旧套を墨守しようとした政府の反動政策であったことは瞭然としている。ただ、その頃の文芸委員たちは、自身の社会意識の裡に政治性が幼稚であったために、政府の方・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
出典:青空文庫