・・・その明眸は笑っている時さえ、いつも長い睫毛のかげにもの悲しい光りをやどしている。 ある冬の夜、行長は桂月香に酌をさせながら、彼女の兄と酒盛りをしていた。彼女の兄もまた色の白い、風采の立派な男である。桂月香はふだんよりも一層媚を含みながら・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・とばかり吐息とともにいったのであるが、言外おのずからその明眸の届くべき大審院の椅子の周囲、西北三里以内に、かかる不平を差置くに忍びざる意気があって露れた。「どうぞまあ、何は措きましてともかくもう一服遊ばして下さいまし、お茶も冷えてしまい・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 七 明眸の左右に樹立が分れて、一条の大道、炎天の下に展けつつ、日盛の町の大路が望まれて、煉瓦造の避雷針、古い白壁、寺の塔など睫を擽る中に、行交う人は点々と蝙蝠のごとく、電車は光りながら山椒魚の這うのに似ている。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
出典:青空文庫