・・・が、今もまだはいっている、これにはふだんまっ昼間でも湯巻一つになったまま、川の中の石伝いに風呂へ這って来る女丈夫もさすがに驚いたと言うことです。のみならず半之丞は上さんの言葉にうんだともつぶれたとも返事をしない、ただ薄暗い湯気の中にまっ赤に・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ 丁度昼少し過ぎで、上天気で、空には雲一つありませんでした。昼間でも草の中にはもう虫の音がしていましたが、それでも砂は熱くって、裸足だと時々草の上に駈け上らなければいられないほどでした。Mはタオルを頭からかぶってどんどん飛んで行きました・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・稀には昼間も木立の茂った中にクサカの姿が見える。しかし人が麺包を遣ろうと思って、手を動かすと、その麺包が石ででもあるかのように、犬の姿は直ぐ見えなくなる。その内皆がクサカに馴れた。何時か飼犬のように思って、その人馴れぬ処、物を怖れる処などを・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・……そんなものがあるものかよ。いまも現に、小母さんが、おや、新坊、何をしている、としばらく熟と視ていたが、そんなはり紙は気も影もなかったよ。――何だとえ?……昼間来て見ると何にもない。……日の暮から、夜へ掛けてよく見えると。――それ、それ、・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 省作も一生懸命になって昼間はどうにか人並みに刈ったけれど、午後も二時三時ごろになってはどうにも手がきかない。おはまはにこにこしながら、省作の手もとを見やって、「省さんはわたしに負けたらわたしに何をくれます……」「おまえにおれが・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・鳥渡でも頸を突き出すと直ぐ敵弾の的になってしまう。昼間はとても出ることが出来なかった、日が暮れるのを待ったんやけど、敵は始終光弾を発射して味方の挙動を探るんで、矢ッ張り出られんのは同じこと。」「鳥渡聴くが、光弾の破裂した時はどんなものだ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ほんとうにその晩はいいお月夜で、青い波の上が輝きわたって、空は昼間のように明るくて、静かでありました。そして、その赤い船の甲板では、いい音楽の声がして、人々が楽しく打ち群れているのが見えました。」と語り聞かして、つばめは、またどこへか飛・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・そして襤褸夜具と木枕とが上り口の片隅に積重ねてあって、昼間見るととても体に触れられたものではない。私はきゅうに自分の着ている布団の穢さが気になって、努めて起きでた。 私もそこにしてあるとおり、自分の布団と木枕とを上り口の横に積重ねて、そ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・一つには昼間おきみ婆さんに貰った飴をこっそり一人内緒で食べたいのです。一人内緒という言葉を教えてくれたのもおきみ婆さんでした。浜子は近ごろ父との夫婦仲が思わしくないためかだんだん険の出てきた声で、――何や、けったいな子やなア。ほな、十吉はう・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・で、僕もこれまでいろ/\な犯人を掴まえたがね、それが大抵昼間だったよ。……此奴怪しいな、斯う思った刹那にひとりでに精神統一に入るんだね。そこで、……オイコラオイコラで引張って来るんだがね、それがもうほとんど百発百中だった」「……フム、そ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫