・・・彼女の父親は晩年を暗い座敷牢に送った人であったから。「ふーん」 思わずおげんは唸るような声を出して自分の姿に見入った。彼女が心ひそかに映ることを恐れたような父親の面影のかわりに、信じ難いほど変り果てた彼女自身がその鏡の中に居た。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
北村透谷君の事に就ては、これまでに折がある毎に少しずつ自分の意見を発表してあるから、私の見た北村君というものの大体の輪廓は、已に世に紹介した積りである。北村君の生涯の中の晩年の面影だとか、北村君の開こうとした途だとか、そう・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・トシテ、モッパラ洋書ニ親シミツツアルモ、最近、貴殿ノ文章発見シ、世界ニ類ナキ銀鱗躍動、マコトニ間一髪、アヤウク、ハカナキ、高尚ノ美ヲ蔵シ居ルコト観破仕リ、以来貴作ヲ愛読シ居ル者ニテ、最近、貴殿著作集『晩年』トヤラム出版ノオモムキ聞キ及ビ候ガ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・も、みんなその作者の晩年に書かれたものだそうでございます。ひとに憩いを与え、光明を投げてやるような作品を書くのに、才能だけではいけないようです。もしも、あなたがこれから十年二十年とこのにくさげな世のなかにどうにかして炬火きどりで生きとおして・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・この店の給仕頭は多年文士に交際しているので、人物の鑑識が上手になって、まだ鬚の生えない高等学校の生徒を相して、「あなたはきっと晩年のギョオテのような爛熟した作をお出しになる」なんぞと云うのだが、この給仕頭の炬の如き眼光を以て見ても、チルナウ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 考えてみると、あの時分の先生と晩年の先生とは何だかだいぶちがった人のような気がするのである。 寺田寅彦 「蛙の鳴声」
・・・そういう行きがかりで晩年自分が某研究所に入って自由に好きな研究の出来るという幸福な身分になったとき、別にわざわざ選ぶともなく自然に選んだ研究題目の一つは空中放電現象のそれであった。もちろんそれに関して私のこれまでに得た研究の結果は、学界に対・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・わたくしの如き子がいなかったなら、父母の晩年はなお一層幸福であったのであろう。 父と母とは自分たちのつくったものが、望むようなものに成らなければ、これを憎むと共に、また自分たちの薫陶の力の足りなかったことを悲しむであろう。猫が犬よりも人・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・唖々子は英語の外に独逸語にも通じていたが、晩年には専漢文の書にのみ親しみ、現時文壇の新作等には見向きだもせず、常にその言文一致の陋なることを憤っていた。 わたしは抽斎伝の興味を説き、伝中に現れ来る蕩子のわれらがむかしに似ていることを語っ・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・京都大学へ来てから、学校へ、ナヴィルの出版した Oeuvres indites de Maine de Biran[『メーヌ・ド・ビラン未刊行著作集』]を購入することができたので、晩年の Fondements de la psycholog・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
出典:青空文庫