・・・ その癖、傍で視ると、渠が目に彩り、心に映した――あのろうたけた娘の姿を、そのまま取出して、巨石の床に据えた処は、松並木へ店を開いて、藤娘の絵を売るか、普賢菩薩の勧進をするような光景であった。 渠は、空に恍惚と瞳を据えた。が、余りに・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・また、吉弥の坐っているのがふらふら動くように見えるので、あたかも遠いところの雲の上に、普賢菩薩が住しているようで、その酔いの出たために、頬の白粉の下から、ほんのり赤い色がさす様子など、いかにも美しくッて、可愛らしくッて、僕の十四、五年以前の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・まことにその名空しからで、流れの下にあたりて長々と川中へ突き出でたる巌のさま、彼の普賢菩薩の乗りもののおもかげに似たるが、その上には美わしき赤松ばらばらと簇立ち生いて、中に聖天尊の宮居神さびて見えさせ給える、絵を見るごとくおもしろし。川は巌・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫