・・・次の瞬間もうそこにはないその瞬間の腕の曲線、頸の筋骨の隆起、跳躍の姿がとらえられる。だが、そのうちに、ダイナミックに自然法則はとらえられる。「風知草」はやわらかいクレパスで、暖かい色調の紅い線で描かれた人生の歴史的時機のクロッキーとも云える・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・ 大様な額から、何とも云われぬ微妙な曲線で頬は、はるかにふくらんで、肩に乗るほどに育って居る。 第一、長い間、かついだきりにして居ると云う手を、生れた日の次頃から、外に出して平気で居る様子は、大胆な勇気の満ちて居る性質を持って居るら・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・ごく曲線的な薄田の演技は、本間教子のどちらかというと直線的なしかも十分ふくらみのあるつよい芸と調和して生かされているので、友代が、あれだけの真情を流露させる力をもたなかったら、おそらくあの芝居全体が、ひどくこしらえもののようにあらわれ、久作・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・ かの子さんの小説は、かの子さんの曲線、色、厚み、音調、眼の動かしかた、身ごなしすべてをもっているのであるけれども、そこにかの子さんという人が出て来ると、一目でわかったものの代りに、何だか分るのだけれど分らない気がする。あすこだな、と内・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・丁度その評言の真只中に全篇の終りは曲線を描いて陥りこんでしまっているのである。 残された一つの疑問「習俗記」「葉山汲子」「新しき塩」「未練」「空白」そのほかいくつかの小説をこの数日の間に読んだのであるが、結局私・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ 黒いジクザクな線、ゆるやかな曲線。一つの脚本が、はじまってから終るまでの子供の心の反応波調である。 ――御覧なさい、小さい子供は、あまりひどく笑うと、神経が疲れてこういう反動が来る――そのあと注意はこんなに散漫です。 机のまわ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・い均斉、軟らかな輪郭と、その密度によってところどころの変化をもつ静かな緑色の群葉に飾られた樹木は、光線の工合によって、細密な樹皮の凹凸を、さながら活動する群集のように見せながら、影と陰との錯綜、直線と曲線との微妙な縺れ合いに、ただ、彼等のみ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・うす黒い柳の幹に、しみのある哥麿の絵や豊国の、若い私達の心をそそる様な曲線の絵が女達の袂のゆれに動く空気にふるえて居る――その絵のにせものなんかを見る余裕もないほどに私の心にせまって来る。目のとどかないほど高い建物のわきに、――まぼしい電燈・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・そのどの顔も、笑いを浮かばせようと骨折った大きな口の曲線が、幾度も書き直されてあるために、真っ黒くなっていた。 三度目の時は学校の退けるときで、皆の学童が包を仕上げて礼をしてから出ようとすると、教師は吉を呼び止めた。そして、もう一度礼を・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・そうして、この簡素な太い力の間を縫う細やかな曲線と色との豊富微妙な伴奏は、荘厳に圧せられた人の心に優しいしめやかな手を触れる。―― もとより我々の祖先は、右のごとき感じかたをしたわけではあるまい。しかし彼らはとにかくその漠然たる無意識の・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫