・・・と親仁は月下に小船を操る。 諸君が随処、淡路島通う千鳥の恋の辻占というのを聞かるる時、七兵衛の船は石碑のある処へ懸った。 いかなる人がこういう時、この声を聞くのであるか? ここに適例がある、富岡門前町のかのお縫が、世話をしたというか・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・いずれが誘うともなく二人ならんで廟の廊下から出て月下の湖畔を逍遥しながら、「父母在せば遠く遊ばず、遊ぶに必ず方有り、というからねえ。」魚容は、もっともらしい顔をして、れいの如くその学徳の片鱗を示した。「何をおっしゃるの。あなたには、お父・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 第三場舞台は、月下の海浜。砂浜に漁船が三艘あげられている。そのあたりに、一むらがりの枯れた葦が立っている。背景は、青森湾。舞台とまる。一陣の風が吹いて、漁船のあたりからおびただしく春の枯葉舞・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ここでも月下の新畳と視感ないし触感的な立場から見て油との連想的関係があるかないかという問題も起こし得られなくはない。これはあまり明瞭でないが「かますご食えば風かおる」の次に「蛭の口処をかきて気味よき」の来るのなどは、感官的連想からの説明が容・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・並ぶ轡の間から鼻嵐が立って、二つの甲が、月下に躍る細鱗の如く秋の日を射返す。「飛ばせ」とシーワルドが踵を半ば馬の太腹に蹴込む。二人の頭の上に長く挿したる真白な毛が烈しく風を受けて、振り落さるるまでに靡く。夜鴉の城壁を斜めに見て、小高き丘に飛・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・帰って、その晩はストーヴの前でいろいろ夜ふけまで二人の話せるあらゆる話題について話し、少しくたびれると、いねちゃんがタバコをのみながら詩集『月下の一群』を棚からおろしてよんだりし、又いろいろ話した。 今日になれば去年になったが、夏四日ば・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫