・・・が有せる迷信・貪欲・愚癡・妄執・愛着の念を払い得難き性質・境遇等に原因するのである、故に見よ、彼等の境遇や性質が若し一たび改変せられて、此等の事情から解脱するか、或は此等の事情を圧倒するに足るべき他の有力なる事情が出来する時には、死は何でも・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・、社の重役の間に資本の事でごたごたが起ったとやらで、社は解散になり、夫はたちまち失業者という事になりましたが、しかし、永年雑誌社に勤めて、その方面で知合いのお方たちがたくさんございますので、そのうちの有力らしいお方たちと資本を出し合い、あた・・・ 太宰治 「おさん」
・・・あとで聞いた事だが、その弘前の或る有力者のお妾そうして、私のあたっている炬燵の上に置いた瞬間、既に私はそのお膳の一隅に雀焼きを発見し、や、寒雀! と内心ひそかに狂喜したのである。たべたかった。しかし、私はかなりの見栄坊であった。紋附を着た美・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・いかに我等国民学校教員が常に赤貧洗うが如しと雖も、だ、あに必ずしも有力者どもの残肴余滴にあずからんや、だ。ねえ、菊代さん、そうじゃありませんか。菊代さん! おや、いないのか。 妹は、まだ帰って来ないんです。また、れいの文化会でしょう。・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ その後、出入りの魚屋の証言によって近所のA家にもやはり白い洋種の猫がいるという一つの新しい有力なデータを加えることは出来た。しかし、東京中で西洋猫を飼っているA姓の人が何人あるか不明であるからの問題はやはり不明である。ただ、近所のA家・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・それだから、名状し難いいろいろな心持ちのニュアンスの象徴としては音のほうが画像よりもいっそう有力でありうるということになる。 たとえば「人生案内」の最後の景において機関車のほえるようなうめくような声が妙に人の臓腑にしみて聞こえる。「パリ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それから上野が斬られて犬のようにころがるだけでなく、もう少し恐怖と狼狽とを示す簡潔で有力な幾コマかをフラッシュで見せたい。そうしないとせっかくのクライマックスが少し弱すぎるような気がする。 第二のクライマックスは赤穂城内で血盟の後復讐の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・川村にしても、高橋にしても、斎藤にしても、小野にしても、其他十数人の、彼を支持する有力な子分は、皆組合の手に奪われてしまったのだ。 それを、いま自分が、争議中の一切の恨を水に流して、自ら貰い下げに行くことは、どれだけ彼らに大きな影響を与・・・ 徳永直 「眼」
・・・またの逢瀬の約束やら、これから外の座敷へ行く辛さやら、とにかく寸鉄人を殺すべき片言隻語は、かえって自在に有力に、この忙しい手芸の間に乱発されやすいのである。先生は芝居の桟敷にいる最中といえども、女が折々思出したように顔を斜めに浮かして、丁度・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・答案が有力であるためには明暸でなければならん、せっかくの名答も不明暸であるならば、相互の意志が疏通せぬような不都合に陥ります。いわゆる技巧と称するものは、この答案を明暸にするために文芸の士が利用する道具であります。道具は固より本体ではない。・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫