・・・敗れて地に塗れた者は、尽きざる恨みを残して、長しなえに有情の人を泣かしめる。勝つ者はすくなく、敗るる者は多い。 ここにおいて、精神界と物質界とを問わず、若き生命の活火を胸に燃した無数の風雲児は、相率いて無人の境に入り、我みずからの新らし・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 沼藺残燈影裡刀光閃めく 修羅闘一場を現出す 死後の座は金きんかんたんを分ち 生前の手は紫鴛鴦を繍ふ月げつちん秋水珠を留める涙 花は落ちて春山土亦香ばし 非命須らく薄命に非ざるを知るべし 夜台長く有情郎に伴ふ 犬山道節火・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「フン、有情漢よ、オイ悪かあ無かったろう。「いやだネ知らないよ。「コン畜生め、惚れやがった癖に、フフフフフ。「お前少しどうかおしかえ、変だよ。「何が。「調子が。「飛んだお師匠様だ、笑わせやがる。ハハハハ、まあ、い・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ここは何とかして、愚色を装い、「本日は晴天なり、れいの散歩など試みしに、紅梅、早も咲きたり、天地有情、春あやまたず再来す」 の調子で、とぼけ切らなければならぬ、とも思うのだが、私は甚だ不器用で、うまく感情を蓋い隠すことが出来ないたち・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・あるいはその鬼たり蛇たるの際にも、自ずから父母の至情を存するといわんか、有情を以て無情の事を行えば、余輩は結局その情のある所を知らざるなり。 教うるよりも習いという諺あり。けだし習慣の力は教授の力よりも強大なるものなりとの趣意ならん。子・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
出典:青空文庫