・・・ 思出す、あの……五十段ずつ七折ばかり、繋いで掛け、雲の桟に似た石段を――麓の旅籠屋で、かき玉の椀に、きざみ昆布のつくだ煮か、それはいい、あろう事か、朝酒を煽りつけた勢で、通しの夜汽車で、疲れたのを顧みず――時も八月、極暑に、矢声を掛け・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・大門を出てから、ある安料埋店で朝酒を飲み、それから向島の百花園へ行こうということに定まったが、僕は千束町へ寄って見たくなったので、まず、その方へまわることにした。 僕は友人を連れて復讐に出かけるような意気込みになった。もっとも、酒の勢い・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ それから、二三日経ってある朝、銭占屋は飯を食いかけた半ばにふと思いついたように、希しく朝酒を飲んで、二階へ帰るとまた布団を冠って寝てしまった。女房は銭占屋の使で町まで駿河半紙を買いに行ったし、私も話対手はなし、といってすることもないか・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「そうさネエ、まあ朝酒は呑ましてやられないネ。「ハハハ、いいことを云やあがる、そう云わずとも恩には被らあナ。「何をエ。「今飲んでる酒をヨ。「なぜサ。「なぜでもいいわい、ただ美味えということよ。「オヤ、おハムキかエ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
出典:青空文庫