・・・「あたしの木履の鈴が鳴るでしょう。――」 しかし妻は振り返らずとも、草履をはいているのに違いなかった。「あたしは今夜は子供になって木履をはいて歩いているんです。」「奥さんの袂の中で鳴っているんだから、――ああ、Yちゃんのおも・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・木魚の音のポン/\たるを後に聞き朴歯の木履カラつかせて出で立つ。近辺の寺々いずこも参詣人多く花屋の店頭黄なる赤き菊蝦夷菊堆し。とある杉垣の内を覗けば立ち並ぶ墓碑苔黒き中にまだ生々しき土饅頭一つ、その前にぬかずきて合掌せるは二十前後の女三人と・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・今一人は木の皮で編んだ帽をかぶって、足には木履をはいている。どちらも痩せてみすぼらしい小男で、豊干のような大男ではない。 道翹が呼びかけたとき、頭を剥き出した方は振り向いてにやりと笑ったが、返事はしなかった。これが拾得だと見える。帽をか・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫