・・・画工 可、この世間を、酔って踊りゃ本望だ。青山、葉山、羽黒の権現さん小児等唄いながら画工の身の周囲を廻る。環の脈を打って伸び且つ縮むに連れて、画工、ほとんど、無意識なるがごとく、片手また片足を異様に動かす。唄う声、い・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・――真打だ。本望だ。「山の神さんが下さいました。」 浪路はふたたび手を合した。「嬉しく頂戴をいたします。」 私も山に一礼した。 さて一つ見つかると、あとは女郎花の枝ながらに、根をつらねて黄色に敷く、泡のようなの、針のさき・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ ――こうして可愛がって下さいますなら、私ゃ死んでも本望です―― とこれで見るくらいまた、白露のその美しさと云ってはない。が、いかな事にも、心を鬼に、爪を鷲に、狼の牙を噛鳴らしても、森で丑の時参詣なればまだしも、あらたかな拝殿で、巫・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・お位牌を抱けば本望です。手も清めないで、失礼な、堪忍して下さいまし。心が乱れて不可ません。またお目にかかります。いいえ、留めないで。いいえ、差当った用がござんす。思切りよくフイと行くを、撫子慌しく縋って留む。白糸、美しき風のごとく格・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・吾ゃおまえに怨まれるのが本望だ。いくらでも怨んでくれ。どうせ、おれもこう因業じゃ、いい死に様もしやアしまいが、何、そりゃもとより覚悟の前だ」 真顔になりて謂う風情、酒の業とも思われざりき。女はようよう口を開き、「伯父さん、あなたまあ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・この手に――もう一度、今生の思出に、もう一度。本望です。貴方、おなごり惜しゅう存じます。画家 私こそ。(喟然夫人 爺さん、さあ、行こう。人形使 ええ、ええ。さようなら旦那様。夫人 行こうよ。二人行きかかる。本雨。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・娘にとっては本望……」「また殺人事件ですか」呆れていた。「またとは何だ。あ、そうか、『十銭芸者』も終りに殺されたね」「いつか阿部定も書きたいとおっしゃったでしょう。グロチックね」 私の小説はグロテスクでエロチックだから、合わ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・自身にも言い聴かせて「私は何も前の奥さんの後釜に坐るつもりやあらへん、維康を一人前の男に出世させたら本望や」そう思うことは涙をそそる快感だった。その気持の張りと柳吉が帰って来た喜びとで、その夜興奮して眠れず、眼をピカピカ光らせて低い天井を睨・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・のためにそなえていたのだ、人間は自分の最高と信じた路に雄飛しなければ、生きていても屍同然である、お母さん、人間はいつか必ず死ぬものです、自分の好きな路に進んで、努力してそうして中途でたおれたとて、僕は本望です、と大きい男がからだを震わせ、熱・・・ 太宰治 「花火」
・・・令嬢フィニイはキルヒネツグ領のキルヒネツゲル伯爵夫人になるのが本望である。この社会では結婚前は勿論、結婚してからも、さ程厳重に束縛せられないと云うことを、令嬢は好く知っているのである。 勿論ポルジイの品行は随分ひどい。しかし女達に追い廻・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫