・・・ 頭に手を当てて、膝の上を見て、ラジオ欄の「独唱と管弦楽、杉山節子、伴奏大阪放管」という所を見ると、「杉山節子……? そうだ、たしかそんな名前だった。大阪放管? じゃ、大阪からの放送だ」 と、呟いていたが、やがてそわそわと起ち上・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・神経衰弱の八割までは眼の屈折異常と関係があるという説を成す医者もあるくらいだから――、とこんな風に僕は我田引水し、これも眼の良い杉山平一などとグルになって、他の眼鏡の使用を必要とする友人を掴えて、さも大発見のようにこの説を唱えて、相手をくさ・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・「いや別にどうもなくて無事で来ましたがね、じつは今度いっさい家の方の始末をつけ、片づける借金は片づけ、世帯道具などもすべてGに遣ってしまって、畑と杉山だけ自分の名義に書き替えて、まったく身体一つになって出てきたんだそうですよ。親戚へもほ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・西向きの家の前は往来を隔てた杉山と、その上の二千尺もあろうという坊主山で塞がれ、後ろの杉や松の生えた山裾の下の谷間は田や畠になっていて、それを越えて見わたされる限りの山々は、すっかり林檎畠に拓かれていた。手前隣りの低地には、杉林に接してポプ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ そんな風景のうえを遊んでいた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上から青空の透いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて来るのを見たとき、不知不識そのなかへ吸い込まれて行った。湧き出て来る雲は見る見る日に輝いた巨大な姿を空のなかへ拡げるのであっ・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・その前景のなかへ、右手からも杉山が傾きかかる。この山に沿って街道がゆく。行手は如何ともすることのできない闇である。この闇へ達するまでの距離は百米あまりもあろうか。その途中にたった一軒だけ人家があって、楓のような木が幻燈のように光を浴びている・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・ 尚、この四枚の拙稿、朝日新聞記者、杉山平助氏へ、正当の御配慮、おねがい申します。 右の感想、投函して、三日目に再び山へ舞いもどって来たのである。三日、のたうち廻り、今朝快晴、苦痛全く去って、日の光まぶしく、野天風呂にひたって、・・・ 太宰治 「創生記」
・・・という言葉は、すでに去る五月杉山陸相によって提言されていたのである。 日本の婦人の特徴ということを国際的な文化紹介としてあげ、優雅な日本の姿を欧米に紹介するための写真外交の見本として、きょうも新聞に見えたのは、高島田に立矢の字の麗人・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ まだ苅り入れのはじまらない段々畑で実っている稲の重い黄色、杉山の深い青さ。青苔がところどころについている山径では、山うるしの葉が鮮やかな朱黄色に紅葉して、樅の若々しい葉の色を一層清々と見せている。 こういう山径のつき当りに、広業寺・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・部屋からは、その桜並木、むこうの杉山、目の前には杉、桜、楓など。お湯はおだやかな性質で、よくあたたまります。ウスイのとんねるを知らないほど眠って来てしまいました。空気がよくて鼻の穴がひろがるよう。二つの部屋に栄さん、私とかまえて居ります。今・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫