・・・糸で杉箸を結えて、その萩の枝に釣った。……この趣を乗気で饒舌ると、雀の興行をするようだから見合わせる。が、鞦韆に乗って、瓢箪ぶっくりこ、なぞは何でもない。時とすると、塀の上に、いま睦じく二羽啄んでいたと思う。その一羽が、忽然として姿を隠す。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・――誰に習っていつ覚えた遣繰だか、小皿の小鳥に紙を蔽うて、煽って散らないように杉箸をおもしに置いたのを取出して、自棄に茶碗で呷った処へ――あの、跫音は――お澄が来た。「何もございませんけれど、」と、いや、それどころか、瓜の奈良漬。「山家です・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ベコニアはすっかり枯れて茎だけが折れた杉箸のようになり、蟹シャボの花も葉もうだったようにベトベトに白くなって鉢にへばりついている。アスパラガスの紗のような葉だけはまだ一部分濃い緑を保って立っている。 三週間余り入院している間に自分の周囲・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・先生は汚らしい桶の蓋を静に取って、下痢した人糞のような色を呈した海鼠の腸をば、杉箸の先ですくい上げると長く糸のようにつながって、なかなか切れないのを、気長に幾度となくすくっては落し、落してはまたすくい上げて、丁度好加減の長さになるのを待って・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ここいらの饂飩はまるで杉箸を食うようで腹が突張ってたまらない」「では蕎麦か」「蕎麦も御免だ。僕は麺類じゃ、とても凌げない男だから」「じゃ何を食うつもりだい」「何でも御馳走が食いたい」「阿蘇の山の中に御馳走があるはずがない・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫