・・・ 深い真昼時、船頭や漁夫は食事に行き、村人は昼寝をし、小鳥は鳴を鎮めて渡舟さえ動かず、いつも忙しい世界が、その働きをぴたりと止めて、急に淋しくおそろしいように成った時、宏い宏い、心に喰い入るような空の下には、唯、物を云わない自然と、こそ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・はっきり客観の句だとすると、あまりにもあたりまえ過ぎて呆れるばかりだし、村人の呟きとすると、少し生彩も出て来るけれど、するとまた前句に附き過ぎる。このへん芭蕉も、凡兆にやられて、ちょっと厭気がさして来たのか、どうも気乗りがしないようだ。芭蕉・・・ 太宰治 「天狗」
・・・ メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・沢や婆さんの存在もその通りであった。村人は、彼女が女であって、やはり金や家や着物がないと暮して行けない――自分と同じ人間であることも忘れたようになって、或る時は呼んで按摩をさせた。或る時は留守番をさせ、或る時は台処の土間で豆をむかせた。何か・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・そして村人たちはゲリラを闘い日本軍の惨虐に耐えました。字のよめなかったこれらの中国の人民が、第一に知った字が「抗戦救国」であり、改革された土地に対する新しい自分たちの権利について署名したのが、自分の姓名のかきはじめだというような事情は、ロシ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・――このような見ものを村人は、村始まって見たことはなかった。何という面白そうな火つけ人! 勘助が、「さて、次は何を焼くべえ、畳か」といってあたりを見廻した時、いつの間にやら鎮まって、あっけにとられ、彼の所業を見守っていた勇吉が、いか・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・例えば中国の習俗では正月を迎えることは年中行事中、最も賑やからしい様子ですが、それなら中国の村人、市民がこれまでの歴史のなかで常に安穏な月日を経て来ているかと云えば、事実は反対のものとして語られていると思います。日本の私たちは、あながちその・・・ 宮本百合子 「歳々是好年」
・・・それとも、殺人とか何とかおそろしい事件で、むじつの村人のいくたりかが、ひどい目にあったということでもあって、それにこりたその村人は、自分たちは正直な働きてであり、実直な農民であることの証明に、指紋をとることを思いついたのだろうか。いずれにせ・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・ クリストへの愛、研究が深くなるにつれ、自分のキリスト的顔と、一村人としての性格との間の矛盾におそれを抱く。女達の崇拝する心持に対する自嘲、不幸な、苦しみ多き人間として生活するその内面を描いて見たい。 ◎標準時計・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・日本に於ける基督教布教史は当時乱世の有様に深く鋭く人生の疑問も抱いた敏感な上流の若い貴公子、女性などの無垢な傾倒と、この浦上の村人のような幼児の魂を持った人々の献身とによって、如何に美しく、如何に悲しくされているかしれないと思う。数多く来た・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫