・・・また、あるときは、思わぬ知遇を得て、栄達する自分の姿を目に描きました。そして、毎日このがけの上の、黄昏の一時は、青年にとってかぎりない幸福の時間だったのであります。 奇蹟が、あらわれるときは、かつて警告というようなものはなかったでしょう・・・ 小川未明 「希望」
・・・ 良家に生れて、不足なく育った子供等は、自分の欲望を満足するには、もっと美しい金殿玉楼に住んだとか、栄達をしたとかいう話をきいて、夢想することによって喜びを感ずるにちがいない。それは、事実そうあるべき筈だからです。その心持を察してそうい・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・しずつ危げなく着々と出世して行くお若い人たちのうしろすがたお見送りたてまつること、この世に生きとし生きて在る者の、もっとも尊き御光を拝する気持ちで、昨日は、神棚の掃除いたし、この上は、吉田様の御出世御栄達を祈るのみでございます。思えば不思議・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しかし、この個人的な経験はおそらく一般的には応用が利かないであろうし、ましてや、科学の神殿を守る祭祀の司になろうと志す人、また科学の階段を登って栄達と権勢の花の山に遊ぼうと望む人達にはあまり参考になりそうに思われないのである。ただ科学の野辺・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ 学位を狙う動機がたとえ私利や栄達のためであろうが、ともかくも我邦で一人でも多く学問の研究に志し従事する人が多ければそれだけ我邦の学術は発達を刺戟される。屑のような論文が百も出るうちには一つくらいは少しはろくなものも交じる確率があり、万・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・わたくしは夙くから文学は糊口の道でもなければ、また栄達の道でもないと思っていた。これは『小説作法』の中にもかいて置いた。政治を論じたり国事を憂いたりする事も、恐らくは貧家の子弟の志すべき事ではあるまい。但し米屋酒屋の勘定を支払わないのが志士・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・今日の世の中の一方には贅沢と奢侈と栄達とがある。もう一方の現実のありようとしては、より多くの人々が益々困難の原因や不便についての深くひろい社会的な真の動機を理解してそれに人間らしく処してゆく必要におかれており、それは一つの国としての事情から・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・ アメリカの社会の成り立ちの性質は、この小説の主人公クライドのような貧しい、正統な教育もさずけられていない、孤独な青年の胸のなかにも、出身や栄達の希望と空想とを抱かせる一応のデモクラシーがあるようで、デモクラシーの名とともに燦く富の力は・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
・・・風雲児的な近藤、土方が戦いを一身の英雄心・栄達心と結びつけて行動したことから大局を破局に導いたところ、また甲陽鎮撫隊の構成の様々な心理的要素などに作者は軽く筆を突きすすめてはいるが、読後の印象は一種の読物の域を脱しない作品である。新講談の作・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 前述の先輩達が順当に長寿したら、道長とてもあの目覚しい栄達は出来なかったであろう。それを、嗣ぐべき人が相ついで世を去った為道長は、あさましく夢なのどのようにとりあえず、なったのだ。と。 短い小説を書こうとして居るのに、どう・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
出典:青空文庫