・・・余り評判にもならなかったが、那翁三世が幕府の遣使栗本に兵力を貸そうと提議した顛末を夢物語風に書いたもので、文章は乾枯びていたが月並な翻訳伝記の『経世偉勲』よりも面白く読まれた。『経世偉勲』は実は再び世間に顔を出すほどの著述ではないが、ジスレ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 左翼の疎らな森のはずれには、栗本の属している一隊が進んでいた。兵士達は、「止れ!」の号令がきこえてくると、銃をかたわらに投げ出して草に鼻をつけて匂いをかいだり、土の中へ剣身を突きこんで錆を落したりした。 その剣は、豚を突殺すのに使・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
一 市街の南端の崖の下に、黒龍江が遥かに凍結していた。 馬に曳かれた橇が、遠くから河の上を軽く辷って来る。 兵営から病院へ、凍った丘の道を栗本は辷らないように用心しい/\登ってきた。負傷した同年兵・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・わたくしが人より教えられざるに、夙く学生のころから『帰去来の賦』を誦し、また『楚辞』をよまむことを冀ったのは、明治時代の裏面を流れていた或思潮の為すところであろう。栗本鋤雲が、門巷蕭条夜色悲 〔門巷は蕭条として夜色悲しく声在月前・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫