・・・ すると靴ぬぐいのようなものは、むくむくと半たち上って、よろよろと肉のきれのそばへ来て、たおれるように腹ばいました。栗色をした、よぼよぼの犬です。病気でひどくよわっていると見えて、やせ犬のくれた肉のきれをものうそうに二、三どなめまわしま・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・その時のマドレエヌはどうであったか。栗色の髪の毛がマドンナのような可哀らしい顔を囲んでいる若後家である。その時の場所はどんな所であったか。イソダンの小さい客間である。俗な、見苦しい、古風な座敷で、椅子や長椅子には緋の天鵝絨が張ってある。その・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・まして私共の様に白髪のない栗色の髪の房々した若い精霊の目が御主に会うた時のあの露のしたたりそうな輝きと会わなんだ時のあの曇り様をお主は知ってじゃろうが……第二の精霊 そうじゃほんにおしい事じゃ、若々しい美くしいお主は自由な体で気がるに花・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 房さりと濡れもせずに散った栗色の髪の毛と、賑やかな襞になって居る赤洋服の襟との間に、極々小さい顔はまるで白蝋色をして居る。唇はほほえみ、つぶった双眼の縁は、溶きもしない鮮やかな草色に近い青緑色で、くっきりの西洋絵具を塗ったように隈どら・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・ Nが日本語でしゃべっていた間、栗色の目に微笑をたたえてNの顔や二人の日本女の顔を見ていた大柄な中年婦人は、改めてていねいに眼で挨拶し、手を出した。 ――今日は。 その手にさわって日本女は変な気がした。というのは、その我等の主婦・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ ニーナは、素直な栗色の髪に水をつけて、ゆっくりかきつけた。それから首のまわりを石鹸で洗って、籠の中から洗いたての白いブラウズを出し、ゆっくりボタンをかけて着た。 ああ、一時間早く仕事をきり上げてこられると、なんというのんびりしたい・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・ 黒い服に栗色の髪をもったカルメン夫人は良人のワインガルトナー博士に与えられた拍手とは、又おのずから異った歓迎の拍手の嵐の裡に台へのぼり、レオノーレを指揮しはじめたのであるが、初めの調子から何だかぴったりせず、演奏がすすむにつれて、私の・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・二人青い着物に同色の靴の香炉持。後からヘンリー四世。緋の外套に宝石の沢山ついた首飾りをつける。栗色の厚い髪を金冠が押えて耳の下で髪のはじがまがって居る。後から多くの供人。王が大きい方の椅子に坐すと供人が後に立ち、香炉持ハ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・彼女はそれを帽子を買って貰えない栗色の垂髪の先に蝶々に結び、道々も掌の上で弾ませながら歩いてきたのであった。「とんだお嬢さんだね、ハハハハハ貴女の親切な叔父さんが似合うと仰云いましたか?」 例によって、入口が開くと同時に顔を出したう・・・ 宮本百合子 「街」
・・・その時はあなたがまだ栗色の髪の毛をしていらっしゃいました。わたくしもあの時から見ると、髪の色が段々明るくなっています。晩餐を食べましたのは、市外の公園の料理店でございました。ちょうど宅はベルリンに二週間ほど滞留しなくてはならない用事がありま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫