盛岡の産物のなかに、紫紺染というものがあります。 これは、紫紺という桔梗によく似た草の根を、灰で煮出して染めるのです。 南部の紫紺染は、昔は大へん名高いものだったそうですが、明治になってからは、西洋からやすいアニリ・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・空もいつかすっかり霽れて、桔梗いろの天球には、いちめんの星座がまたたきました。 雪童子らは、めいめい自分の狼をつれて、はじめてお互挨拶しました。「ずいぶんひどかったね。」「ああ、」「こんどはいつ会うだろう。」「いつだろう・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・水がその広い河原の、向う岸近くをごうと流れ、空の桔梗のうすあかりには、山どもがのっきのっきと黒く立つ。大学士は寝たままそれを眺め、又ひとりごとを言い出した。「ははあ、あいつらは岩頸だな。岩頸だ、岩頸だ。相違ない。・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ お月さまは今はすうっと桔梗いろの空におのぼりになりました。それは不思議な黄金の船のように見えました。 俄かにみんなは息がつまるように思いました。それはそのお月さまの船の尖った右のへさきから、まるで花火のように美しい紫いろのけむりの・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ ※ 夜があけかゝり、その桔梗色の薄明の中で、黄色なダァリヤは、赤い花を一寸見ましたが、急に何か恐さうに顔を見合せてしまって、一ことも物を云ひませんでした。赤いダァリヤが叫びました。「ほんたうにいらいら・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・ 向う岸にならんで居る木の小さく見えるほどの大きさ、まわりの草は此の頃の時候に思い思いの花を開いてみどり色にすんだ水と木々のみどり、うすき、うす紅とまじって桔梗の紫、女郎花の黄、撫子はこの池の底の人をしのばすようにうす紅にほんのりと、夜・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・車のいずるにつれて、蘆の葉まばらになりて桔梗の紫なる、女郎花の黄なる、芒花の赤き、まだ深き霧の中に見ゆ。蝶一つ二つ翅重げに飛べり。車漸く進みゆくに霧晴る。夕日木梢に残りて、またここかしこなる断崖の白き処を照せり。忽虹一道ありて、近き山の麓よ・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫