・・・おやおやと思って、後へ戻って見ると、同じような溝があって、同じような植木鉢が並べてある。しかしよく見ると、それは決して同じ路地ではない。 路地の両側に立並んでいる二階建の家は、表付に幾分か相違があるが、これも近寄って番地でも見ないかぎり・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・其処から窓の方へ下る踏板の上には花の萎れた朝顔や石菖やその他の植木鉢が、硝子の金魚鉢と共に置かれてある。八畳ほどの座敷はすっかり渋紙が敷いてあって、押入のない一方の壁には立派な箪笥が順序よく引手のカンを并べ、路地の方へ向いた表の窓際には四、・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・向側の鏡が、九枚も上手に継いであって、店が丁度二倍の広さに見えるようになって居り、糸杉やこめ栂の植木鉢がぞろっとならび、親方らしい隅のところで指図をしている人のほかに職人がみなで六人もいたのです。すぐ上の壁に大きながくがかかって、そこにその・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ここには、壁新聞やピアノや、この前ハンガリーの共産青年同盟員が訪ねて来たときみんなでとったという写真や、シュロの植木鉢などが飾ってある。 あっちこっちの隅で、本をよんだり、学校の宿題をやったりしている一隅で、わたしたちは長い間、ピオニェ・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・春の頃は空の植木鉢だの培養土だのがしかし呑気に雑然ころがっていた古風な大納屋が、今見れば米俵が軋む程積みあげられた貯蔵所になっていて、そこから若い棕梠の葉を折りしいてトロッコのレールが敷かれている。台の下に四輪車のついたものが精米をやってい・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・その入口と並んで、こっちから、植木鉢が五つ並んだ明るい窓が見えた。ミーチャやその他の多勢の子供が一日暮す幼稚園の窓だ。 ミーチャと別れたお母さんは、急ぎ足で木の門を出たところで、隣りに住んでいるタマーラに会った。タマーラと母さんアンナと・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・ポーチに、棕梠の植木鉢が並べてある。傍に、拡げたままの新聞を片手に、瘠せ、ひどく平たい顱頂に毛髪を礼儀正しく梳きつけた背広の男が佇んでいる。彼は、自分の玄関に止った二台の車を、あわてさわがず眺めていたが、荷物が下り、つづいて私が足を下すと、・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 黒田君の買って来た樅の木は小ぢんまり植木鉢におさまり、しかも二寸ぐらいの五色のローソクを儀式どおり緑の枝々につけている。 灯がついたら銀のピラピラが樅の枝で氷華のように輝いてキレイだ。 夜がふけて見たら、サモワールの湯気で、凍・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・ そこには少し引っ込んだ所に、不断は植木鉢や箒でも入れてありそうな、小さい物置があった。もう物蔭は少し薄暗くなっていて、物置の奥がはっきり見えないのを、覗き込むようにして見ると、髪を長く垂れた、等身大の幽霊の首に白い着物を着せたのが、萱・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ 現代には、たとい根に対する注意が欠けていないにしても、ともすればそれが小さい植木鉢のなかの仕事に堕していはしないか。いかにすれば珍しい変種ができるだろうかとか、いかにすれば予定の時日の間に注文通りの果実を結ぶだろうかとか、すべてがあま・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫