・・・ 性が主なのか、愛が主なのか、卵が親か、鶏が親か、いつまでも循環するあいまい極まる概念である。性的愛、なんて言葉はこれは日本語ではないのではなかろうか。何か上品めかして言いつくろっている感じがする。 いったい日本に於いて、この「愛」・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・ こういう疑いは、問題の学問が、複雑極まる社会人間に関する場合に最も濃厚であるが、しかし、外見上人間ばなれのした単なる自然科学の研究についても、やはり起こし得られる疑問である。 科学者自身が、もしもかなりな資産家であって、そうして自・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・谿谷の極まるところには峠があって、その向う側にはまた他の谿谷が始まる、それを次第にたどって行くといつの間にか思わぬ国の思わぬ里に出て行く。 去年の夏は研究所で油の蒸餾に関する実験をやった。ブンゼン燈のバリバリと音を立てて吹き付ける焔の輻・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・だの、強盗だのと、殺伐残忍の話ばかり、少しく門構の大きい地位ある人の屋敷や、土蔵の厳めしい商家の縁の下からは、夜陰に主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄が畳を貫いて閃き出るか計られぬと云うような暗澹極まる疑念が、何処となしに時代の空気の中・・・ 永井荷風 「狐」
・・・その堪えがたき裏淋しさと退屈さをまぎらすせめてもの手段は、不可能なる反抗でもなく、憤怒怨嗟でもなく、ぐっとさばけて、諦めてしまって、そしてその平々凡々極まる無味単調なる生活のちょっとした処に、ちょっとした可笑味面白味を発見して、これを頓智的・・・ 永井荷風 「妾宅」
昨日は失敬。こう続けざまに芝居を見るのは私の生涯において未曾有の珍象ですが、私が、私に固有な因循極まる在来の軌道をぐれ出して、ちょっとでも陽気な御交際をするのは全くあなたのせいですよ。それにも飽き足らず、この上相撲へ連れて・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・けれどもどうでしょうこういう軍人教育者実業家などが公務をしまって家へ帰ってさあこれからがおれの身体だという場合に、やはり同じような窮屈極まる生活に甘んずるでしょうか。人によっては寝食の時間など大変規則正しい人もあるかも知れないが、原則から云・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・世間が余の辞退を認むるか、または文部大臣の授与を認むるかは、世間の常識と、世間が学位令に向って施す解釈に依って極まるのである。ただし余は文部省の如何と、世間の如何とにかかわらず、余自身を余の思い通に認むるの自由を有している。 余が進んで・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。 そのうちに頭が変になった。行灯も蕪村の画も、畳も、違棚も有って無いような・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・というに至って極まるのである。スピノザ哲学は、デカルトの実体から出立して、その主語的論理の極に達したものということができる。此に至って、全然我々の自己の独自性は失われて、我々は実体の様相となった。我々は神の様相としてコーギトーするのである。・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫