・・・ 自動車で田舎へ遊山に出かけるというようなことは非常な金持のすることで吾々風情の夢にも考えてはならない奢りの極みであるような気が何となしにしていた。二十年前にはたしかにそうであったにちがいないが、今ではもうそれほどでもなさそうに思われた・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・かかる人を賢しといわば、高き台に一人を住み古りて、しろかねの白き光りの、表とも裏とも分ちがたきあたりに、幻の世を尺に縮めて、あらん命を土さえ踏まで過すは阿呆の極みであろう。わが見るは動く世ならず、動く世を動かぬ物の助にて、よそながら窺う世な・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・見苦しき死に様ぞ恥の極みなる……」弟また「アーメン」と云う。その声は顫えている。兄は静かに書をふせて、かの小さき窓の方へ歩みよりて外の面を見ようとする。窓が高くて背が足りぬ。床几を持って来てその上につまだつ。百里をつつむ黒霧の奥にぼんや・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・誠に畏き極みである。主の恵み讃うべく主のみこころは測るべからざる哉。われらこの美しき世界の中にパンを食み羊毛と麻と木綿とを着、セルリイと蕪菁とを食み又豚と鮭とをたべる。すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。どうです諸君。ご異議があり・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・自分の欲求や野心から発する息苦しい熱ではなくて、それ等を極みない白銀の雰囲気の裡に、たとい瞬間なりとも消滅させる静謐な光輝である。秋とともに在って、私は無私を感ずる。人と人との煩瑣な関係に於ても、彼我を越えた心と心との有様を眺める。心が宇宙・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・彼らを危うしと見ながら悠々とエジプトの葉巻咽草を吹かすは逆自然である、悪逆である、さらに無道の極みである。「絶望」に面して立つ雄々しき労働者は無情なる世人を見て憤怒の念を起こす。綱の切れるはかまわない。ただかの冷ややけき笑いを唇辺に漂わ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫