・・・もともと分れ分れの小屋敷を一つに買占めた事とて、今では同じ構内にはなって居るが、古井戸のある一隅は、住宅の築かれた地所からは一段坂地で低くなり、家人からは全く忘れられた崖下の空地である。母はなぜ用もない、あんな地面を買ったのかと、よく父に話・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 会社の構内にあった父の社宅は、埠頭から二、三町とは離れていないので、鞭の音をきくかと思うと、すぐさま石塀に沿うて鉄の門に入り、仏蘭西風の灰色した石造りの家の階段に駐った。 家は二階建で、下は広い応接間と食堂との二室である。その境の・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ これと向合いになった車庫を見ると、さして広くもない構内のはずれに、燈影の見えない二階家が立ちつづいていて、その下六尺ばかり、通路になった処に、「ぬけられます。」と横に書いた灯が出してある。 わたくしは人に道をきく煩いもなく、構内の・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ 或るステーションを通過し構内へさしかかると、大きな木の陸橋が列車の上に架けられているのを見た。それは未完成でまだ誰にも踏まれない新しい木の肌に白い雪がつもっている。美しい。五ヵ年計画はソヴェトの運輸網を、一九二八年の八万キロメートルか・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 女学生の時分を思い出して、心から懐しむのは、その女学校の構内の風景である。そして、そこの五年間に、最も私の心につよい影響をもったのも、つまりは、その独特な風景の味ではなかったろうか。 女学校はお茶の水の聖堂のとなりに、広大な敷・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・「三鷹電車区の中には、たとえかけだしの党員でも年が若くてもマルクス・レーニン主義を充分知らなくても、構内に入っている電車を暴走させて人の命を奪って、これで日本の流血革命だなどといって手を叩いてよろこぶような若者はいない。三鷹電車区の細胞には・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・食後、暫く構内の散歩をし、誘い合って帰宅する時間まで、三時間なり四時間なり又研究を続けると云う訳なのです。 両人に仕事のある日、夕飯は、静に落付いて食べると云うのが主眼で、決して無暗に手のかかったものを幾品も作ることはありません。大抵、・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
小さい二人の男の子と、それよりもすこし大きい女の子とが、ぴったりはりついて目の下にひろがる田端駅の構内をあきず眺めている柵のところは、草のしげったほそい道になっていた。 その細い道は、うねうねとつづいてずっと先まで行っ・・・ 宮本百合子 「道灌山」
新聞包をかかえて歩いてる。 中は、衣紋竹二本・昭和糊・キリ・ローソク・マッチ・並にラッキョーの瓶づめ一本。――世帯の持ちはじめ屡々抱えて歩かれる種類の新聞包だ。朝で、帝大構内の歴史的大銀杏の並木は晴れた秋空の下に金色だ・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・御機嫌よう御機嫌ようと云う声に送られて、汽車が構内を出てしまうと、急に彼女の目には、或るたるみがあらわれた。次で、アアよかった。何もかもすんだ。これから、都会で始められようとする生活に対する憧憬の心やらが、彼女の白粉の上に油ののった顔に一ど・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫