・・・ってはすでに模範が出来上りまたその模範が完全という資格を具えたものとしてあるのだから、どうしてもこの模範通りにならなければならん、完全の域に進まなければならんと云う内部の刺激やら外部の鞭撻があるから、模倣という意味は離れますまいが、その代り・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・第一私は人間全体を代表するその人間の特色として、第一に模倣ということを挙げたい。人は人の真似をするものである。私も人の真似をしてこれまで大きくなった。私の所の小さい子供なども非常に人の真似をする。一歳違いの男の兄弟があるが、兄貴が何か呉れろ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・外国映画などで目から入ることの外見だけの模倣が現われる。そういうエティケット風な外国の模倣が続くのは特に日本では四十にならないまでのことである。家庭をもって生活してゆけば、遊びのような「協力ごっこ」は立ちゆかない。もし協力というものを遊びご・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・ ぞろぞろ手法の模倣者が出た位鋭いものを持ってはいたが、本当に闘争するボルシェビックなプロレタリアートはしんからグロッスの漫画を好きになれなかった。 グロッスはアナーキスト的な世界観で、階級的醜と悪とを暴露したのはいいが、暴露しっぱ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・インガは、三十五歳になりながら十七歳のコムソモールカを模倣して安心しているメーラではない。恋愛は自由であるが、自由ということの内容は二人の女が一人の男と暮すことでつくされるものだろうか? インガは日常生活の一部としての性関係においても、・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 少年、青年時代は、人の一生を見てもある点模倣がつよい。一国の文化、文学についてもそれはいい得るであろう。日本の文学が、独自的な芸術をもつべきであり、もち得る時期に入っているということの主張も、「大人の文学」の提唱のうちにこめられている・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・そうしてその三色版じみた模倣に呆れたのである。しかし近よって子細に検すると、麦のくきや穂や葉などの、乾いてポキポキとした感じが、日本絵の具でなければ現わせない一種の確かさをもって描かれていた。黄いろい乾いた光沢なども、カンバスの上に油をもっ・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・古い演劇は外形的模倣的、ただ平凡な意味における幻影を目的とし、誇大によって勝利を得ていた。デュウゼは演劇を暗示と神秘と芸術的省略とに充ちた複雑な精神的な芸術となしたのだ。 エレオノラ・デュウゼのことば。――演劇を今日の堕落から救・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・しかし彼はこの師によって彼の内のよき芽を培われたのであって、単に師を模倣しているのではない。彼の自由な、余裕ある、落ちついた態度は、ゲエテを模するまでもなく、彼の享楽人としての素質から生まれ出るのである。がゲエテは、きわめて享楽人らしいにか・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・そうしてかくのごとき気分と思想とが漸次近代偶像破壊者の模倣に堕して行ったことには、ついに思い及ぶところがなかった。 予は当時を追想して烈しい羞恥を覚える。しかし必ずしも悔いはしない。浅薄ではあっても、とにかく予としては必然の道であった。・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫