・・・図画の先生に頼んで東京の飯田とかいううちから道具や絵の具を取り寄せてもらって、先生から借りたお手本を一生懸命に模写した。カンバスなどは使わず、黄色いボール紙に自分で膠を引いてそれにビチューメンで下図の明暗を塗り分けてかかるというやり方であっ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ ジョコンダの絵と、ルウベンスの模写が出ている。模写の出来る絵と出来ない絵とがあるとすれば、この二つはその代表者だと思う。ジョコンダの模写を見ると本物の価値が始めてよく分るし、ルウベンスの模写を見ると、ルウベンスの大幅が到る処のギャレリ・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・ 小説に勧懲摸写の二あれど、云々の故に摸写こそ小説の真面目なれ。さるを今の作者の無智文盲とて古人の出放題に誤られ、痔持の療治をするように矢鱈無性に勧懲々々というは何事ぞと、近頃二三の学者先生切歯をしてもどかしがられたるは御尤千万とおぼゆ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・人生的であり、生活的であるからこそ厳粛でもあり、美しく、またかがやかしい人間の智慧、知識が、それぞれの人の生きかたによって整理され、組合わされたものでなくて、模写されているだけの場合がすくなくない。教養のある女性が、とかく観念的であるといわ・・・ 宮本百合子 「いのちのある智慧」
・・・子供たちによく古今の大家の絵を模写してやった。そのような環境の間で十四歳になったとき、ケーテに、初めて石膏について素描することを教えたのが、ほかならぬシュミットの仕事場に働いていた一人の物わかりのいい銅版職人であったという事実は、私たちに深・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・などはメイエルホリド劇場の模写が上演された。「吼えろ! 支那」は、なかなか宣伝的効果があった。中国を植民地化している帝国主義の国の権力と、中国の勤労人民の姿がよくわかるばかりでなく、メイエルホリドの若い俳優たちは、アメリカ人、イギリス人・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・民主主義文学は労働階級の動きを表面から模写してゆくのではなくて、すべての勤労者と小市民・インテリゲンチャが歴史の中で、一人一人の必然の過程を通ってどのように新しい推進力として民主革命に参加してゆくかという物語の語り手でなければなりません。ブ・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・ その作品の世界の中に、人々の生々しい現実を広く複雑に負うているという意味で、しかも個々の現象が模写されているというのではなくて、それらの現象を通じて生きる人の姿が動いているという意味で、今日現実に堪える作品がつくられてゆくことは容易な・・・ 宮本百合子 「日本の河童」
・・・「芸術の使命は自然を模写することではない。自然を表現することだ!」「我々は事物の精神を、魂を特徴を掴えなくてはならない。」芸術家は「自然が真裸になってその神髄を示すのやむなきにいたるまでは根気よく持ちこたえ」なければならぬ。そして「線という・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 創造の能力というものはもとより無から有を生じさせる魔力ではなく、必ず素材的な何かはすでにあるのだが、それの模写ではないし、ただのよせあつめの累積でもないし、ましてや、あのものとこのものとの置きかえではない。一と一とを足して二になるとい・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
出典:青空文庫