・・・ 軒から直ぐに土間へ入って、横向きに店の戸を開けながら、「御免なさいよ。」「はいはい。」 と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶の間から出た婦は、下膨れの色白で、真中から鬢を分けた濃い毛の束ね髪、些と煤びたが、人形だちの古風な・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ そこから彗星のような燈の末が、半ば開けかけた襖越、仄に玄関の畳へさす、と見ると、沓脱の三和土を間に、暗い格子戸にぴたりと附着いて、横向きに立って誂えた。」「上州のお客にはちょうど可いわね。」「嫌味を云うなよ。……でも、お前は先・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・やがてそれがきちんと横向きに落ちつくと、自分は目口眉毛を心でつける。小母さんの臂がちょいちょい写る。簪で髪の中を掻いているのである。 裏では初やが米を搗く。 自分は小母さんたちと床を列べて座敷へ寝る。 枕が大きくて柔かいから・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・これは四万温泉にI君と一緒に行った時、I君は、私のお湯にはいっているところを、こっそりパチリと写してしまったのです。横向きの姿だから、たすかりました。正面だったらたまりません。あぶないところでした。でもこれはI君にたのんで、原板のフィルムも・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・その杯状のものの横腹から横向きに、すなわち茎と直角の方向に飛び出している浅緑色の袋のようなものがおしべの子房であるらしく、その一端に柱頭らしいものが見える。たいていの花では子房が花の中央に君臨しているものと思っていたのに、この植物ではおしべ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・その顔は少し横向きで柔かな髪は肩まで垂れて居る。極めて優しい顔であるがただ見たように思うだけで誰の肖像か分らぬ。それから暫くは火が輝いで居るばかりで何の形も現れて来ぬ。なお見つめて居ると火の真中に極めて明るい一点が見えて来た。それが次第に大・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・まもなく耕助は小指ぐらいの茶いろなかじかが横向きになって流れて来たのをつかみましたし、そのうしろでは嘉助が、まるで瓜をすするときのような声を出しました。それは六寸ぐらいある鮒をとって、顔をまっ赤にしてよろこんでいたのです。それからみんなとっ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・まもなく、小指ぐらいの茶いろなかじかが、横向きになって流れて来たので、取ろうとしたら、うしろのほうで三郎が、まるで瓜をすするときのような声を出した。六寸ぐらいある鮒をとって、顔をまっ赤にしてよろこんでいたのだった。「だまってろ、だまってろ。・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
出典:青空文庫