・・・ もしあの時空腹のまま、畢波羅樹下に坐っていられたら、第六天の魔王波旬は、三人の魔女なぞを遣すよりも、六牙象王の味噌漬けだの、天竜八部の粕漬けだの、天竺の珍味を降らせたかも知らぬ。もっとも食足れば淫を思うのは、我々凡夫の慣いじゃから、乳糜を・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・するとそれらの一枚は、樹下に金髪の美人を立たせたウイスキイの会社の広告画だった。 二八 水泳 僕の水泳を習ったのは日本水泳協会だった。水泳協会に通ったのは作家の中では僕ばかりではない。永井荷風氏や谷崎潤一郎氏もやはり・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・さてと、ご苦労を掛けた提灯を、これへ置くか。樹下石上というと豪勢だが、こうした処は、地蔵盆に筵を敷いて鉦をカンカンと敲く、はっち坊主そのままだね。」「そんなに、せっかちに腰を掛けてさ、泥がつきますよ。」「構わない。破れ麻だよ。たかが・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・堤後の樹下に鳴いているのだろう、秋蝉の声がしおらしく聞えて来た。 潮は漸く動いて来た。魚はまさに来らんとするのであるがいまだ来ない。川向うの蘆洲からバン鴨が立って低く飛んだ。 少年はと見ると、干極と異なって来た水の調子の変化に、些細・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・偶ま中路暑に苦み樹下に憩い携うる所の一新聞紙を披いて之を閲するに、中に載する有りチシヨンの博士会一文題を発し賞を懸けて能く応ずる者あるを募る。其題に曰く学術技科の進闡せしをば人の心術風俗に於て益有りしと為す乎将た害ありしと為す乎とルーソー之・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・而シテ樹下ニ露牀ヲ設ケ花間ニ氈席ヲ展ベ、酒ヲ煖メ盃ヲ侑ム。遊人嘔唖歌吹シ遅遅タル春日興ヲ追ヒ歓ヲ尽シテ、惟夕照ノ西ニ没シ鐘声ノ暮ヲ報ズルヲ恨ムノミ。」となしている。 桜花は上野の山内のみならず其の隣接する谷中の諸寺院をはじめ、根津権現の・・・ 永井荷風 「上野」
・・・指南車を胡地に引き去るかすみかな閣に坐して遠き蛙を聞く夜かな祇や鑑や髭に落花を捻りけり鮓桶をこれへと樹下の床几かな三井寺や日は午に逼る若楓柚の花や善き酒蔵す塀の内耳目肺腸こゝに玉巻く芭蕉庵採蓴をうたふ彦根・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫