一本木の野原の、北のはずれに、少し小高く盛りあがった所がありました。いのころぐさがいっぱいに生え、そのまん中には一本の奇麗な女の樺の木がありました。 それはそんなに大きくはありませんでしたが幹はてかてか黒・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・ 大臣の子は小さな樺の木の下を通るとき、その大きな青い帽子を落としました。そして、あわててひろってまた一生けん命に走りました。 みんなの声ももう聞こえませんでした。そして野原はだんだんのぼりになってきました。 二人はやっと馳ける・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・向うに小さな樺の木が二本あるだろう。あすこが次の目標なんだよ。暗くならないうちに早く行こう。」ファゼーロはどんどん走り出しました。 ほんとうにそこらではもうつめくさのあかりがつきはじめていました。わたくしはまたファゼーロのあとについて走・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・それを見ているうちに、(木ペン樺の木に沢山キッコはふっとこう思いました。けれども樺の木の小さな枝には鉛筆ぐらいの太さのはいくらでもありますけれども決して黒い心がはいってはいないのです。キッコはまた泣きたくなりました。そのときキッ・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・のぼせて商売をしている女売子のキラキラした眼が、小舎の暗い屋根、群集の真黒い頭の波の間に輝やいている。樺の木箱、蝋石細工、指環、頸飾、インク・スタンド。 成程これは余分なルーブルをポケットに入れている人間にとっては油断ならぬ空間的、時間・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 工場や集団農場から樺の木の胴乱を下げてやって来た労働者農民男女の見学団は、賑やかに討論したり笑ったりしながらノートを片手にゾロゾロ博物館の床の上を歩きまわる。が、ここへ来ると、云い合わせたように誰も彼も黙ってしまった。頬が引緊った。自・・・ 宮本百合子 「刻々」
レーニングラードへ 夜十一時。オクチャーブリスキー停車場のプラットフォームに、レーニングラード行の列車が横づけになっている。 麻袋。樺の木箱に繩でブリキやかんをくくりつけたもの。いろんな服装の群集・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ジェルテルスキーは、それから、母親を五日鶏の箱へ詰めた経験、真直自分の額に向けられた拳銃の筒口を張り飛したので、銃玉が二月の樺の木の幹へ穴をあけた陰気な光景などを、彼の逸話として得た。 一九二九年、ジェルテルスキーは彼の東京で二度目の冬・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 錠をかけたのは四角い大きな樺の木箱だ。それは明日モスクワから日本へ向って送り出されるべきものだ。――日本女そのものがいよいよ明日はモスクワを去ろうとしているのだ。 左の方にプーシュキン記念像がある。有名なマントをひっかけてたたずん・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫