一 草をのぞく 浅間火山のすそ野にある高原の一隅に、はなはだ謙遜なHという温泉場がある。ふとした機縁からそこでこの夏のうちの二週間を過ごした。 避暑という、だれもする年中行事をかつてしたことのなかった自・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
一「鉄塔」第一号所載木村房吉氏の「ほとけ」の中に、自分が先年「思想」に書いた言語の統計的研究方法(万華鏡に関する論文のことが引き合いに出ていたので、これを機縁にして思いついた事を少し書いてみる。「わらふ」と laugh につ・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ 紫色のスウィートピーを囲んだ見合いらしいはなやかな晩餐の一団と、亀井戸への道を聞いた寒そうな父子との偶然な対照的な取り合わせが、こんな空想を生む機縁になったのかもしれない。丸の内の夜霧がさらにその空想を助長したのでもあろう。 それ・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・の峠を越そうとは予期しなかったが、そのおかげで若い日の学生時代の幻影のようなものを呼び返し、そうしてもう一度若返ったような錯覚を起こさせる機縁に際会するのである。 それはとにかく、学生時代に試験が無事にすんだあとの数日間はいつでも特別に・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・雨氷の成因については岡田博士もかつてその研究の結果を発表された通り、やはり上層の雨滴が下層の寒気に逢うて氷点下に冷却され、しかも凝結の機縁を得ないために液状で落下し、物体に触れると同時に先ず一部が氷結し、あとは徐々に氷結するのである。 ・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・それで私が今本誌の貴重な紙面をかりてここにこれらの問題を提出することによって、万一にも、好学な読者のだれかがこの中の一つでもを取り上げて、たとえわずかな一歩をでも進めてくれるという機縁を作ることができたら、その結果は単に私の喜びだけにはとど・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・ そのような律動のある相が人間肉体の生理的危機であって不安定な平衡が些細な機縁のために破れるやいなや、加速的に壊滅の深淵に失墜するという機会に富んでいるのではあるまいか。 このような六ヶしい問題は私には到底分りそうもない。あるいは専・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・そうして連句のこれからの進むべき道程に関するなんらかの暗示を得る機縁に探り当てるかもしれないと思うのである。 連句に限らずすべての詩歌、ただし近ごろの先端的とか称する奇妙な不規則な詩形の化け物はひとまず除外するとして、普通の古典的の意味・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・文芸が極致に達したときに、これに接するものはもしこれに接し得るだけの機縁が熟していれば、還元的感化を受けます。この還元的感化は文芸が吾人に与え得る至大至高の感化であります。機縁が熟すと云う意味は、この極致文芸のうちにあらわれたる理想と、自己・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・に対する余りの好評が、却ってその好評の本質への疑問を誘う機縁となったことは興味がある。「ひかげの花」に於ける永井荷風の人生への態度は、このようにして生きる一組の男女もある、と云うことの巧な描写に止っている。作品を貫いて流れているものは荷風年・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫