・・・階段を降り切って最下の欄干に倚って通りを眺めた時にはついに依然たる一個の俗人となり了ってしまった。案内者は平気な顔をして厨を御覧なさいという。厨は往来よりも下にある。今余が立ちつつある所よりまた五六段の階を下らねばならぬ。これは今案内をして・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・一弁は梅鉢の形ちに組んで池を囲える石の欄干に中りて敷石の上に落ちた。「次に来るは応諾の時期である。誠ありと見抜く男の心を猶も確めん為め女、男に草々の課役をかける。剣の力、槍の力で遂ぐべき程の事柄であるは言うまでもない」クララは吾を透す大いな・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・と、再び室の中に押し込んで、自分はお梅とともに廊下の欄干にもたれて、中庭を見下している。 研ぎ出したような月は中庭の赤松の梢を屋根から廊下へ投げている。築山の上り口の鳥居の上にも、山の上の小さな弁天の社の屋根にも、霜が白く見える。風はそ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・それでまだ物足らぬと見えて屋根の上から三橋の欄干へ綱を引いてそれに鬼灯提灯を掛けて居るのもある。どうも奇麗だ。何だか愉快でたまらん。車は「揚出し」の前を過ぎて進んで往た。「雁鍋」も「達磨汁粉」も家は提灯に隠れて居る。瓦斯燈もあって、電気燈も・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・その白い岩になった処の入口に、〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・群集の中から満足した笑いごえがし、或る者はそのまんま橋の欄干にもたれた。或るものは更に暗いクレムリンの外壁に沿って労働宮の方へ。 ソヴキノが照明燈をもやして労働宮とそこへ向う群集を撮影している。橋の下では二艘ボートが若い女をのせ、イルミ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・直ぐその下を私が通りがかりつつある一八〇〇年代の建造らしい南欧風洋館の廃れた大露台の欄干では、今、一匹の印度猿が緋のチョッキを着、四本の肢で一つ翻筋斗うった。 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・どの家にも二階の欄干に赤い布団が掛けてある。こんな日に干すのでもあるまい。毎日降るのだから、こうして曝すのであろう。 がらがらと音がして、汽車が紫川の鉄道橋を渡ると、間もなく小倉の停車場に着く。参謀長を始め、大勢の出迎人がある。一同にそ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・向うでも芸者が一人出て、欄干に手を掛けてこっちを見る。その芸者が連の芸者を呼び出す。二人で何かささやいてこっちを見る。こっちで見るのは好いが、向うから見られるのは厭だと思って、君は部屋に這入った。向側の騒ぎは夜遅くなるまで続いた。君は床に這・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ 灸は婦人を見上げたまま少し顔を赧くして背を欄干につけた。「あの子、まだ起きないの?」「もう直ぐ起きますよ。起きたら遊んでやって下さいな。いい子ね、坊ちゃんは。」 灸は障子が閉まると黙って下へ降りた。母は竈の前で青い野菜を洗・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫