・・・と女は欠伸まじりに言い、束髪の上へ載せる丸く編んだ毛を掌に載せ、「帰らしてもらいまっさ」と言って出て行った。喬はそのまままた寝入った。 四 喬は丸太町の橋の袂から加茂磧へ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・「其先を僕が言おうか、こうでしょう、最後にその少女が欠伸一つして、それで神聖なる恋が最後になった、そうでしょう?」と近藤も何故か真面目で言った。「ハッハッハッハッハッハッ」と二三人が噴飯して了った。「イヤ少なくとも僕の恋はそうで・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ そのうち磯が眠そうに大欠伸をしたので、お源は垢染た煎餅布団を一枚敷いて一枚被けて二人一緒に一個身体のようになって首を縮めて寝て了った。壁の隙間や床下から寒い夜風が吹きこむので二人は手足も縮められるだけ縮めているが、それでも磯の背部は半・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・まかけちがえば互いの名を右や左や灰へ曲書き一里を千里と帰ったあくる夜千里を一里とまた出て来て顔合わせればそれで気が済む雛さま事罪のない遊びと歌川の内儀からが評判したりしがある夜会話の欠乏から容赦のない欠伸防ぎにお前と一番の仲よしはと俊雄が出・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・御届私儀、病気につき、今日欠勤仕り度、此段御届に及び候也。 こう相川は書いて、それを車夫に持たせて会社へ届けることにした。「原さんで御座ましたか。すっかり私は御見それ申して了いましたよ」 と国訛りのある語・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・藤さんはその後いつまでも小母さん小母さんと恋しがって、今日まで月に一二度、手紙を欠かしたことはない。藤さんの家は今佐世保にあるのだそうで、お父さんは大佐だそうである。「それでは佐世保からはるばる来たんですか」「いいえ、あの娘だけは二・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・由来西鶴の武家物は観察が浅薄であり、要するに彼は武士というものに対する認識を欠いていたというのが従来の定評のようで、これも一応尤もな考え方であると思うが、しかしこれについて多少の疑いがないでもない。『武道伝来記』に列挙された仇討物語のどれを・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 弛緩の極限を表象するような大きな欠伸をしたときに車が急に止まって前面の空中の黄色いシグナルがパッと赤色に変った。これも赤のあとには青が出、青のあとにはまた赤が出るのである。 これを書き終った日の夕刊第一頁に「紛糾せる予算問題。・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・そしてそんな聴衆も、高島が演壇にでてきて五分もたつと、ぶえんりょに欠伸などしながら帰ってしまった。 じっさい、この「東京前衛社派遣」の弁士は貧弱だった。小さいのでテーブルからやっと首だけでている。おまけにおそろしく早口で、抑揚も区切りも・・・ 徳永直 「白い道」
・・・主眼に云うかよく分らない、二十分目ぐらいになってようやく筋道がついて、三十分目くらいにはようやく油がのって少しはちょっと面白くなり、四十分目にはまたぼんやりし出し、五十分目には退屈を催し、一時間目には欠伸が出る。とそう私の想像通り行くか行か・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫