・・・これを正しく忍び通した者は一生動かない精神的態度の純潤性と深みとを得る。死なれた場合が最も悲しみが永い。しかしこれとても時と摂理のいやしの力が必ず働くものだ。いやされるということさえもかえって淋しいことなのだが、しかし一生ただ一回の失った恋・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・銃は、真直に、形正しく、鼻のさきへ持ち上げることが出来なかった。 中隊長は、不満げに、彼を睨んだ。「も一度。そんな捧げ銃があるか!」その眼は、そう云っているようだった。 松木は、息切れがして、暫らくものを云うことが出来なかった。鼻孔・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・現在では、作家個人として労働者農民に関するどういう委しい知識、経験を持っていようとも、階級的な組織の中で訓練されなければ、生きた姿において正しく、それを認識し表現することが出来なくなり大衆現実から取残されて変な方向にまよいこんでしまう。とい・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・そこへ茣蓙なんぞ敷きまして、その上に敷物を置き、胡坐なんぞ掻かないで正しく坐っているのが式です。故人成田屋が今の幸四郎、当時の染五郎を連れて釣に出た時、芸道舞台上では指図を仰いでも、勝手にしなせいと突放して教えてくれなかったくせに、舟では染・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ないはずである、廷珸が今渡したものは正しく品なのであるもの。 仏元はさてこそと腹の中でニヤリと笑った。ところでこの男がまた真剣白刃取りを奉書の紙一枚で遣付けようという男だったから、これは怪しからん、模本贋物を御渡しになるとは、と真正面か・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・層目に立ち小露が先月からのお約束と出た跡尾花屋からかかりしを冬吉は断り発音はモシの二字をもって俊雄に向い白状なされと不意の糺弾俊雄はぎょッとしたれど横へそらせてかくなる上はぜひもなし白状致します私母は正しく女とわざと手を突いて言うを、ええそ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・継ぎはぎの一時凌ぎ、これが正しく私の実行生活の現状である。これを想うと、今さらのように armer Thor の嘆が真実であることを感ずる。二 私はどうしたらよかろうか。私は一体どうして日々を送っているか。全くのその日暮し、・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・世界中で、日本人ほどキリスト教を正しく理解できる人種は少いのではないかと思っています。キリスト教に於いても、日本は、これから世界の中心になるのではないかと思っています。最近の欧米人のキリスト教は実に、いい加減のものです。」「そろそろ展覧・・・ 太宰治 「一問一答」
・・・服装正しく、挨拶も尋常で、気弱い笑顔は魅力的であります。散髪を怠らず、学問ありげな、れいの虚無的なるぶらりぶらりの歩き方をも体得して居た筈でありますし、それに何よりも泥酔する程に酒を飲まぬのが、決定的にこの男を上品な紳士の部類に編入させてい・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・それだからある人の云った事を、その外形だけ正しく伝えることによって、話した本人を他人の前に陥れることも揚げることも勝手に出来る。これは無責任ないし悪意あるゴシップによって日常行われている現象である。 それでこの書物の内容も結局はモスコフ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫