・・・ これは一月の十七日、丁度木曜日の正午近くの事でございます。その日私は学校に居りますと、突然旧友の一人が訪ねて参りましたので、幸い午後からは授業の時間もございませんから、一しょに学校を出て、駿河台下のあるカッフェへ飯を食いに参りました。・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・そうしてそれをおわったのはちょうど正午であった。避難民諸君は、もうそろそろ帰りはじめる。中にはていねいにお礼を言いに来る人さえあった。 多大の満足と多少の疲労とを持って、僕たちが何日かを忙しい中に暮らした事務室を去った時、窓から首を出し・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ そう言えば、全校の二階、下階、どの教場からも、声一つ、咳半分響いて来ぬ、一日中、またこの正午になる一時間ほど、寂寞とするのは無い。――それは小児たちが一心不乱、目まじろぎもせずにお弁当の時を待構えて、無駄な足踏みもせぬからで。静なほど・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・…… 四年あとになりますが、正午というのに、この峠向うの藪原宿から火が出ました。正午の刻の火事は大きくなると、何国でも申しますが、全く大焼けでございました。 山王様の丘へ上がりますと、一目に見えます。火の手は、七条にも上がりまして、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・今マタ東京へ立チマスノデ書直スヒマガアリマセヌ、ナゼソンナニアワテルカトオ思召シマショウガ、ソレハ明後日アタリノ新聞広告ニ出マス件ト、妹ノ方ノ件ト二ツノ急要ガアルタメデス、オユルシ下サイ 五日正午 緑雨の失意の悶々がこの・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・という電報が朝の新聞に見え、いよいよ海戦が初まったとか、あるいはこれから初まるとかいう風説が世間を騒がした日の正午少し過ぎ、飄然やって来て、玄関から大きな声で、「とうとうやったよ!」と叫った。「やったか?」と私も奥から飛んで出で、「・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ある日の正午頃男が来て大きな声で話をしていた。男は帰る時に、『護国寺の方に出るには、どう行きます……』と言って女に道を聞いていた。『そんなら、品を見てから……よろしければ……』と女は言った。すべてのことが私には見当がつかなかった。・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・明日の正午に、重大放送があるということだ」「えっ? 降伏……? 赤鬼が青鬼になった……? ふーん」 白崎は思わず唸ったが、やがて昂奮が静まって来ると、がっくりしたように、「俺はいつも何々しようとした途端に、必ず際どい所で故障がは・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 其の頃は正午前眼を覚しました。寝かせた儘手水を使わせ、朝食をとらせました。朝は大抵牛乳一合にパン四分の一斤位、バターを沢山付けて頂きます。その彼へスープ一合、黄卵三個、肝油球。昼はお粥にさしみ、ほうれん草の様なもの。午後四時の間食には・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・たのですぐ起きていたいと思ったが、ころがっているのがつまり楽なので、十時ごろまで目だけさめて起き上がろうともしなかったが、腹がへったので、苦しいながら起き直って、飯を食ってまたごろりとして、夢うつつで正午近くなるとまた腹がへる。それでまた食・・・ 国木田独歩 「窮死」
出典:青空文庫