・・・ 箇人主義――利己主義、それは名の如く、何事に於ても、自己を根本に置て考え、没我的生活に対する主我的の甚だしいものである。 主我! それは、真にたとうべくもあらぬ尊いものである。 此の世に生れ出た以上は、自己を明らかにし、自・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・の主人公が私生児を育てる為に此の世の波と戦い抜いた姿こそ母性の尊い姿である、暁子にはそれが無いと云う事を論ぜられたようでした。法律的な立場から見て嬰児を死に到らしめた処置が制裁される事は誰しもとやかく云うべきでない事は知っています。然し女で・・・ 宮本百合子 「「女の一生」と志賀暁子の場合」
・・・ 我がために涙をながして呉れる人が此の世に只一人でもあるうちは私は必ず幸福であろう、それを今私はめぐみの深い二親も同胞も数多い友達も血縁の者もある。 私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・直木三十五は持前のきかん気から中間層のインテリゲンチャが、ファッショ化と共に人道主義的驚愕を示し然も自身では右へも左へも、ハッキリした態度を示し得ないことに憤慨して、「俺は此の世に恐ろしいものはない。ファッシストにだってなって見せるぞ」と大・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・情のたかまった若い十六にみたない詩人は此の世の人とも思われない女の胸によったまま手で胸を押えて目は上を見ながら美くしい美くしい声でうたって居ます。大きな目には一杯涙をためて頬は紅さしています。女は細い可愛いペンで薄色の紙に書きつけて行きます・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・ 父に死なれて、私は初めて此の世に歓喜に通ずる悲しみというものも在り得ることを知った。本当に私は悲しい。しかし、その悲しさはいかにも広々としており透明で、何とも云えぬ明るさ温さに照りはえている。その悲しみがそんなだから、その悲しさではど・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫