・・・それだのに、洋画の方には鎧武者や平安朝風景がない。これも不思議である。 帝展には少ないが二科会などには「胃病患者の夢」を模様化したようなヒアガル系統の絵がある。あれはむしろ日本画にした方が面白そうに思われるのに、まだそういう日本画を見な・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・自分の能力を計らないで六かしい学問に志していっぱしの騎士になったつもりで武者修行に出かけて、そうしてつまらない問題ととっ組み合って怪物のつもりでただの羊を仕とめてみたり、風車に突きかかって空中に釣り上げられるような目に会ったことはなかったか・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・魔除鼠除けの呪文、さては唐竹割の術より小よりで箸を切る伝まで十銭のところ三銭までに勉強して教える男の武者修行めきたるなど。ちと人が悪いようなれども一切只にて拝見したる報いは覿面、腹にわかに痛み出して一歩もあゆみ難くなれり。近きベンチへ腰をか・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・り天涯万里孤城落日資金窮乏の今日に至るまで人の乗るのを見た事はあるが自分が乗って見たおぼえは毛頭ない、去るを乗って見たまえとはあまり無慈悲なる一言と怒髪鳥打帽を衝て猛然とハンドルを握ったまではあっぱれ武者ぶりたのもしかったがいよいよ鞍に跨っ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・これは今までの作物に飽き足らぬか、もしくは、おれはおれだから是非一派を立てて見せると自己の特色に自信をおくか、または世間の注意を惹くには何か異様な武者ぶりを見せないと効力が少ないとか、いろいろの動機から起るだろうが、要するに模擬者でもなけれ・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・ 去年の春の頃から白城の刎橋の上に、暁方の武者の影が見えなくなった。夕暮の蹄の音も野に逼る黒きものの裏に吸い取られてか、聞えなくなった。その頃からウィリアムは、己れを己れの中へ引き入るる様に、内へ内へと深く食い入る気色であった。花も春も・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・耶蘇が首をあげて眼を開くと、面頬を著けた武者の顔と変った。その武者の顔をよくよく見て居る内に、それは面頬でなくて、口に呼吸器を掛けて居る肺病患者と見え出した。その次はすっかり変って般若の面が小く見えた。それが消えると、癩病の、頬のふくれた、・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・一九四〇年に東京オリムピックが催される由、その賑やかさが今から思いやられます。武者小路、西條八十などスタディアムにいての通信をおくってよこしています。白鳥は夫婦で行っている。藤村は国際文化協会という役所から後援され、ペンクラブの大会へ出かけ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・○電柱に愛刀週間の立看板◎右手の武者窓づくりのところで珍しく門扉をひらき 赤白のダンダラ幕をはり 何か試合の会かなにかやっている黒紋付の男の立姿がちらりと見えた。○花電車。三台。菊花の中に円いギラギラ光る銀色の玉が二つあ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・同じ場所から攻め入った柳川の立花飛騨守宗茂は七十二歳の古武者で、このときの働きぶりを見ていたが、渡辺新弥、仲光内膳と数馬との三人が天晴れであったと言って、三人へ連名の感状をやった。落城ののち、忠利は数馬に関兼光の脇差をやって、禄を千百五十石・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫