・・・これならば任意に長い記録を作る事も理論上可能なわけであるが、なんと言っても電気装置などを使わずに弾条と歯車だけで働くグラモフォンの軽便なのには及ばないわけである。 私の和製の蓄音機は二年ぐらい使った後に歯車の故障が起こって使用に堪えない・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 試みに審美的のめがねをかなぐりすてて、一つの心理的なからくりの中の歯車や弾条を点検するような無風流な科学者の態度で古人の連句をのぞいてみたらどうであろうか。まず前にも例示した『灰汁桶』の巻を開いて見る。芭蕉の「あぶらかすりて」の次の次・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・彼は自殺の一二年前から、その作品の風貌を全く変へたが、これがニイチェの影響であつたことは、その「歯車」「西方の人」「河童」等の作品によく現れて居る。且つ彼はそのエッセイにも、ニイチェの標題をそのままイミテートして「文芸的な、あまりに文芸的な・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 工場では、モーターや、ベルトや、コムベーヤーや、歯車や、旋盤や、等々が、近代的な合奏をしていた。労働者が、緊張した態度で部署に縛りつけられていた。 吉田はその工場に対してのある策戦で、蒸暑い夜を転々として考え悩んでいた。 蚊帳・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・あの銅の歯車だって欲しけややるよ。」けれどもポーセはだまって頭をふりました。息ばかりすうすうきこえました。 チュンセは困ってしばらくもじもじしていましたが思い切ってもう一ぺん云いました。「雨雪とって来てやろか。」「うん。」ポーセがやっと・・・ 宮沢賢治 「手紙 四」
・・・もう外側などとっくに無くなり、弾機と歯車だけ字面の裏にくっついている、それを動かそうとしているのだ。陽子は少年らしい色白な頸窩や、根気よい指先を見下しながら、内心の思いに捕われていた。その朝彼女の実家から手紙を貰った。純夫が陽子の離籍を承諾・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ ファシズムに対するわたしたちの闘いには、これらのデマゴギーと挑発によって事実を不正確につたえられる現実の一つ一つに対して、先ず事実を検討し、それから落付いて判断してゆく理性のつよい歯車がいります。現実的な生活的な勉強がいります。・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・彼等は職場で、機械の歯車のかげで熱心な「ウダールニク」の努力を邪魔した。そして、鳥打帽の庇をふてくされた手つきでぐいと引き下げて、地べたへ唾をはいた。「ヘン! うまいようなこと言ってら! その手はくわないよ。俺あ党員じゃねえんだからね。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 去年から民主的な文学の翹望が語られ、人間性の再誕がよろこびをもっていわれはじめたとき、これらの文学の骨格には進転のための歯車とでもいうべき諸課題について、もっとこまかに、歴史的に話しだされるべきであったと思う。そういう努力がされていれ・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・程よく、斬新な色調の織物、宝石の警抜な意匠、複雑な歯車、神秘的なまで単純な電気器具、各々の専門に従って置きかえる。 それ等の窓々を渡って眺めて行く私共は、東京と云う都市に流れ込み、流れ去る趣味の一番新しい断面をいつも見ているようなもので・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫