・・・ 自分は次第に激しく、自分の生きつつある時代に対して絶望と憤怒とを感ずるに従って、ますます深く松の木蔭に声もなく居眠っている過去の殿堂を崇拝せねばならぬ。 欄間や柱の彫刻、天井や壁の絵画を一ツ一ツに眺めよう。 自分はここにわれら・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・又、雄々しい活力が、今私の心を揺る、サムソンのように、殿堂の柱に、今手をかけたサムソンのように神の命あれば山をも移す 信仰が野に来、自然に戻った私の胸に満つるのだ。草の戦ぎ! ひたと我下にある大地ああ、よ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・それは一階梯にすぎず殿堂そのものではない。 この事実は、芸術家の大きい魂の真実にふれている、常に自己を超えようとする本能的な焦慮 ○限界の突破 そして、このことは平安を彼から奪うことを予約している。しかも 彼が芸術家・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・再び、彼らはその平和の殿堂で、その胎んだ醜き伝統の種子のために開戦するであろう。彼らの武器は、彼らのとるべき戦法は、彼らの戦闘の造った文化のために益々巧妙になるであろう。益々複雑になるであろう。益々無数の火花を放って分裂するであろう。かかる・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・ パウロは山頂の石壇に上り、アクロポリスの諸殿堂と相対して立った。――アテネの市民諸君。諸君の市は神々の像と殿堂とに覆われている。諸君はその神々を祭るために眠りをも忘れて熱中する。けれども諸君はこの神々に真に満足しているか。予は散歩の途・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・さらにまた真理の宝蔵のように大地を圧する殿堂がある。それは人の心を甚深なる実在の奥秘に引き寄せながら、しかも恐怖を追い払う強大な力を印象する。そこには線の太い力の執拗な格闘がある。しかしすべての争闘は結局雄大な調和の内に融け込んでいる。それ・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫