・・・ 陸軍病院で――彼は、そこに勤務していた――毎月一円ずつ強制的に貯金をさせられている。院長の軍医正が、兵卒に貯金をすることを命じたのだ。 俸給が、その時、戦時加俸がついてなんでも、一カ月五円六十銭だった。兵卒はそれだけの金で一カ月の・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 主人は、杜氏が去ったあとで、毎月労働者の賃銀の中から、総額の五分ずつ貯金をさして、自分が預っている金が与助の分も四十円近くたまっていることに思い及んでいた。 杜氏は、醸造場へ来ると事務所へ与助を呼んで、障子を閉め切って、外へ話・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・彼は、受取ったすぐ、その晩――つまり昨夜、旧ツアー大佐の娘に、毎月内地へ仕送る額と殆ど同じだけやってしまったことを後悔していた。今日戦争に出ると分っていりゃ、やるのではなかった。あれだけあれば、妻と老母と、二人の子供が、一ヵ月ゆうに暮して行・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・だから、毎月、どっかの頼母子が、掛戻金持算の通知をよこして来る。それで、親爺の懐はきゅう/\した。 それだのに親爺は、まだ土地を買うことをやめなかった。熊さんが、どこへ持って行っても相手にしない、山根の、松林のかげで日当りの悪い痩地を、・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・が私を笑わせた。毎月、私は三人の子供に「月給」を払うことにしていた。月の初めと半ばとの二度に分けて、半月に一円ずつの小遣を渡すのを私の家ではそう呼んでいた。「今月はまだ出さなかったかねえ。」「とうさん、きょうは二日だよ。三月の二日だ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 私たちの家の婆やは、そういう時の私の態度を見ると、いつでも憤慨した。毎月働いても十八円の給金にしかならないと言いたげなこの婆やは、見ず知らずの若者が私のところから持って行く一円、二円の金を見のがさなかった。 そういう私たちの家では・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・顔が、不思議なくらい美しく、そのころ姉たちが読んでいた少女雑誌に、フキヤ・コウジとかいう人の画いた、眼の大きい、からだの細い少女の口絵が毎月出ていましたけれど、兄の顔は、あの少女の顔にそっくりで、私は時々ぼんやり、その兄の顔を眺めていて、ね・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・さて、この暗黒の時に当り、毎月いちど、このご結構のサロンに集い、一人一題、世にも幸福の物語を囁き交わさむとの御趣旨、ちかごろ聞かぬ御卓見、私たのまれもせぬに御一同に代り、あらためて主催者側へお礼を申し、合せてこの会、以後休みなくひらかれます・・・ 太宰治 「喝采」
・・・実は昨年、県会議員選挙に立候補してお蔭で借金へ毎月可成とられるので閉口。選挙のとき小泉邦録君から五十円送って貰った。これだけでも早くお返ししたいと思い乍ら未だにお返し出来ずにいる始末。五十円位の金が出来ないのは何んとも羞しいがさりとて、その・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・わずかなお給金の中から、二円でも三円でも毎月かかさず親元へ仕送りをつづけた。十八になって、向島の待合の下女をつとめ、そこの常客である新派の爺さん役者をだまそうとして、かえってだまされ、恥ずかしさのあまり、ナフタリンを食べて、死んだふりをして・・・ 太宰治 「古典風」
出典:青空文庫