・・・二十日ばかり心臓を冷やしている間、仕方が無い程気分の悪い日と、また少し気分のよい日もあって、それが次第に楽になり、もう冷やす必要も無いと言うまでになりました。そして、時には手紙の三四通も書く事があり、又肩の凝らぬ読物もして居りました。 ・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・浅草気分。美人胴切り。 そんなプログラムで、晩く家へ帰った。 病気 姉が病気になった。脾腹が痛む、そして高い熱が出る。峻は腸チブスではないかと思った。枕元で兄が「医者さんを呼びに遣ろうかな」と言ってい・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・日々の論議、月々の難、両度の流罪に身疲れ、心いたみ候ひし故にや、此の七八年が間、年々に衰病起り候ひつれども、なのめにて候ひつるが、今年は正月より其の気分出来して、既に一期をはりになりぬべし。其の上齢すでに六十にみちぬ。たとひ十に一、今年は過・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ これさえ抑えとけば、香水をつけたり、絹の靴下をはいたりして、封建時代の気分を呼び戻そうとするような、反動分子に何も手にはいれゃしなかったのだ! プロレタリアの国に喰い下ろうとするブルジョアどもも何も手出しができやしなかったのだ!」と考えて・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・君の病気は東京の名医たちが遊んでいたら治るといい、君もまた遊び気分で飛んでもない田舎などをノソノソと歩いている位だから、とてもの事に其処へ遊んで見たまえ。住持といっても木綿の法衣に襷を掛けて芋畑麦畑で肥柄杓を振廻すような気の置けない奴、それ・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・彼は朗らかな気分だった。が、恵子は来なかった! どうすればいいのか? 龍介は分らなくなった。 龍介は、ハッキリ自分の恵子に対する気持を書いた長い手紙を出した。ポストに入れるとき、二、三度躊躇した。龍介には「ハッキリ」することが恐ろしかっ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・其時自分は目を細くして幾度となく若葉の臭を嗅いで、寂しいとも心細いとも名のつけようのない――まあ病人のように弱い気分になった。半生の間の歓しいや哀しいが胸の中に浮んで来た。あの長い漂泊の苦痛を考えると、よく自分のようなものが斯うして今日まで・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・「もう一と月からになるのですのに、ずっと私そんなでしたものですから、今日は気分はいいし、私の方からそう言って、これを言いつかったのですのに」「かまわないや、そんなことは」「だって女はそうも……」と、針に糸を通す。 自分は素直・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・凡そ百種くらいの仕掛花火の名称が順序を追うて記されてある大きい番附が、各家毎に配布されて、日一日とお祭気分が、寂れた町の隅々まで、へんに悲しくときめき浮き立たせて居りました。お祭の当日は朝からよく晴れていて私が顔を洗いに井戸端へ出たら、佐吉・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・梅雨の降りしきる窓ぎわでは、ことに気が落ちついて、筆が静かな作の気分と相一致するのを感じた。そのくせ、その時分の私の生活は『田舎教師』を書くにはふさわしくない気分に満たされていた。焦燥と煩悶、それに病気もしていて、幾度か書きかけては、床につ・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫