・・・多少は主人の気風に同化されているらしく見えた。 そこで細君は、「ちょっとご免なさい。」と云って座を立って退いたが、やがて鴫焼を持って来た。主人は熱いところに一箸つけて、「豪気豪気。」と賞翫した。「もういいからお前もそ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・斯ういう気風は少年の時からあって、それが非常にやかましい祖父の下に育てられ、祖母は又自分に対する愛情が薄かったという風で、後に成って気欝病を発した一番の大本は其処から来たと自白して居る。明治十四年に東京へ移って、そして途中から数寄屋橋の泰明・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・という気風の風洞は何か。私は、それをたどって行き、家庭のエゴイズム、とでもいうべき陰鬱な観念に突き当り、そうして、とうとう、次のような、おそろしい結論を得たのである。 曰く、家庭の幸福は諸悪の本。・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ここへ来て、もう四年にもなるので、家族のロマンチックの気風にすっかり同化している。令嬢たちから婦人雑誌を借りて、仕事のひまひまに読んでいる。昔の仇討ち物語を、最も興奮して読んでいる。女は操が第一、という言葉も、たまらなく好きである。命をかけ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・今日大学の専門の学生でさえ講義ばかり当てにして自分から進んで研究しようという気風が乏しく知識が皮相的に流れやすいのは、小学校以来の理科教授がただ与えられた知識を覚えればよいというように教えこまれている結果であろう。これには最も必要なことは児・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・疇昔余ノ風流絃歌ノ巷ニ出入セシ時ノコトヲ回顧スルニ、当時都下ノ絃妓ニハ江戸伝来ノ気風ヲ喜ブモノ猶跡ヲ絶タズ。一旦嬌名ヲ都門ニ馳セシムルヤ気ヲ負フテ自ラ快トナシ縦令悲運ノ境ニ沈淪スルコトアルモ自ラ慚ヂテ待合ノ女中牛肉屋ノ姐サントナリ俗客ノ纏頭・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・けれども一国の学者を挙げて悉く博士たらんがために学問をするというような気風を養成したり、またはそう思われるほどにも極端な傾向を帯びて、学者が行動するのは、国家から見ても弊害の多いのは知れている。余は博士制度を破壊しなければならんとまでは考え・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・嫁に行かれないとか、職業が見つからないとか、または昔しから養成された、女を尊敬するという気風につけ込むのか、何しろあれは英国人の平生の態度ではないようです。名画を破る、監獄で断食して獄丁を困らせる、議会のベンチへ身体を縛りつけておいて、わざ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 然るに近日、世間の風潮をみるに、政治家なる者が教育の学校を自家の便に利用するか、または政治の気風が自然に教場に浸入したるものか、その教員生徒にして政の主義をかれこれと評論して、おのずから好悪するところのものあるが如し。政治家の不注意と・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 右のごとく上士の気風は少しく退却の痕を顕わし、下士の力は漸く進歩の路に在り。一方に釁の乗ずべきものあれば、他の一方においてこれを黙せざるもまた自然の勢、これを如何ともすべからず。この時に下士の壮年にして非役なる者(全く非役には非ざれど・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫