・・・お蔦 ええ、そりゃ、世間も暗闇でも構いませんわ。どうせ日蔭の身体ですもの。……早瀬 お蔦。お蔦 あい。早瀬 済まないな、今更ながら。お蔦 水臭い、貴方は。……初手から覚悟じゃありませんか、ねえ。内証だって夫婦ですもの。私・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 私は木綿の厚司に白い紐の前掛をつけさせられ、朝はお粥に香の物、昼はばんざいといって野菜の煮たものか蒟蒻の水臭いすまし汁、夜はまた香のものにお茶漬だった。給金はなくて、小遣いは一年に五十銭、一月五銭足らずでした。古参の丁稚でもそれと大差・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
一 年中夫婦喧嘩をしているのである。それも仲が良過ぎてのことならとにかく、根っから夫婦一緒に出歩いたことのない水臭い仲で、お互いよくよく毛嫌いして、それでもたまに大将が御寮人さんに肩を揉ませると、御寮人さんは大将のうしろで拳骨を・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・彼女は何をしても直ぐ口や手を洗う水臭い校長を、肉体的にも精神的にも愛することは出来ないと思ったが、くどくど説教されているうちに、さすがにただれ切った性生活から脱け出して、校長一人を頼りにして、真面目な生活にはいろうと決心した。しかし、料理屋・・・ 織田作之助 「世相」
・・・種吉へは飯代を渡すことにしたのだが、種吉は水臭いといって受取らなかった。仕送りに追われていることを知っていたのだ。 蝶子が親の所へ戻っていると知って、近所の金持から、妾になれと露骨に言って来た。例の材木屋の主人は死んでいたが、その息子が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ チルチルなるもの、感奮一番せざるを得ない。水臭いな、親爺は親爺、おれはおれさ、ザマちゃんお前ひとりを死なせないぜ、なぞという馬鹿な事を言って、更に更に風間とその一党に対して忠誠を誓うのである。 風間は真面目な顔をして勝治の家庭にま・・・ 太宰治 「花火」
・・・楽も多かろうが憂も長かろう。水臭い麦酒を日毎に浴びるより、舌を焼く酒精を半滴味わう方が手間がかからぬ。百年を十で割り、十年を百で割って、剰すところの半時に百年の苦楽を乗じたらやはり百年の生を享けたと同じ事じゃ。泰山もカメラの裏に収まり、水素・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 白髪頭を振りたてて日かげのうす暗く水臭い流し元で食物をこね返して居る貧乏な婆の様だ。 秋の声を聞くと何よりも先に、バサリと散る思い切りの好い態度を続けて行かないのかいやになる。 ドロンとした空に恥をさらして居る気の利かない桐を・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・「いつもお前にばっかり散財かけてすまないようだね」「水臭いの。――じゃ一寸云って来るわよ」 ごたごた、主のない下駄まで並んでいる上り口で、自分の草履をはきながら、志津は珍らしそうに、そこにぬいである女靴を眺めた。「まあ、細い・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫