・・・ 上等の小春日和で、今日も汗ばむほどだったが、今度は外套を脱いで、杖の尖には引っ掛けなかった。行ると、案山子を抜いて来たと叱られようから。 婦は、道端の藪を覗き松の根を潜った、竜胆の、茎の細いのを摘んで持った。これは袂にも懐にも入ら・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 暖かい十月の六日で、セルで汗ばむ天気であった。弁当の包を片手に下げ、家のわきから左に入ると、男の子供が何人もかたまって遊んでいる小さい農家の前庭へ入った。その前庭から斜めに苔のついた石段が見えている。「この道をゆくと公会堂へでます・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・後者は、こんにち日本の銀座にジュリアン・ソレルという服飾店などがあることを、アルジェリア女の口からきくパリまがいのフランス語とひとしく、その人々のためにまたフランスの良心のために汗ばむ思いで見ているわけである。 民主主義文学の批評の能力・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ せっせっと歩くと汗ばむ位ですもの。」「急いで来もしないのに……」 肇はいかにもせっせっと来た様な事を大仰に話す篤の顔を見て笑った。「おいそがしいんだから一寸の時だって無駄にゃあ出来ませんねえ、 篤さん。」 千世子が・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・メーデーであるきょうも、行進とともにすすむ歌声をよそに家庭の婦人は、小さい子供たちの手をひき背中に赤ちゃんをおんぶして、汗ばむようになったのにさっぱりした袷もないと思いながら、闇市で晩のお惣菜をあさらなければなりません。メーデーは、外で働い・・・ 宮本百合子 「メーデーと婦人の生活」
出典:青空文庫