・・・予は諸君と訣別すべし。さらば。諸君。さらば。わが善良なる諸君。 ホップ夫人は最後の言葉とともにふたたび急劇に覚醒したり。我ら十七名の会員はこの問答の真なりしことを上天の神に誓って保証せんとす。(なおまた我らの信頼するホップ夫人に対する報・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・そうかと思うと一方には、代がわりした『毎日新聞』の翌々日に載る沼南署名の訣別の辞のゲラ刷を封入した自筆の手紙を友人に配っている。何人に配ったか知らぬが、僅に数回の面識しかない浅い交際の私の許へまで遣したのを見るとかなり多数の知人に配ったらし・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・私はただ今後書いて行くだろう小説の可能性に関しては、一行の虚構も毛嫌いする日本の伝統的小説とはっきり訣別する必要があると思うのだ。日本の伝統的小説にもいいところがあり、新しい外国の文学にもいいところがあり、二者撰一という背水の陣は不要だとい・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・古典的秩序へのあこがれやら、訣別やら、何もかも、みんなもらって、ひっくるめて、そのまま歩く。ここに生長がある。ここに発展の路がある。称して浪曼的完成、浪曼的秩序。これは、まったく新しい。鎖につながれたら、鎖のまま歩く。十字架に張りつけられた・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・私はそれを、青春への訣別の辞として、誰にも媚びずに書きたかった。 あいつも、だんだん俗物になって来たね。そのような無智な陰口が、微風と共に、ひそひそ私の耳にはいって来る。私は、その度毎に心の中で、強く答える。僕は、はじめから俗物だった。・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・これはたぶん横浜岸壁あたりで訣別の色テープの束の美しさを見て来てから考えたものらしい。「自分の知人A、B、Cの三人が同じ市の同じ町に住まっている事を、年賀状をより分けてみて始めて気がつく。しかしA、B、C相互になんらの交渉もない赤の他人・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・黙って鏡の裏から夫の顔をしけじけ見詰めたぎりだそうだが、その時夫の胸の中に訣別の時、細君の言った言葉が渦のように忽然と湧いて出たと云うんだが、こりゃそうだろう。焼小手で脳味噌をじゅっと焚かれたような心持だと手紙に書いてあるよ」「妙な事が・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・これらの描写を通して、ルドヴィッチが最後にクリスチアーナに向って深刻な顔つきで訣別をつげる気持の変化を理解しようとすれば、一つの単純な形で語られている軍人気質、愛国心めいたもの以上に深いものを見出し得ないのがむしろ自然であると思う。「リ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・カールは赤いインクで刷られた『新ライン新聞』の最終版にケルンの労働者への訣別の辞をのせ、イエニーはもちものを質屋に入れ、夫妻はケルンを発った。 まずカールが、次いでイエニーと二人の子供とがパリに赴いたが、フランス政府はマルクス一家を気候・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・六十歳を越していた彼女が、世界よ、さようなら、と書きのこして訣別した「世界」は、潜在意識の世界だったろうか。わたしには、そう考えられなかった。 性に関するコンプレックスだけとりあげてみても、それは第二次大戦の時期を通じて、われわれの意識・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
出典:青空文庫