・・・さんざ思い迷って、決意しました。借衣であります。お金を借りるときよりも、着物を借りる時のほうが、十倍くるしいものであること、ご存じですか。顔から火が出るという言葉がありますけれど、実感であります。それに、着物ばかりか、兵古帯も、下駄も借りな・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・身震いするほどに固く決意しました。私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。いよいよ、お祭りの当日になりました。私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、薄暗い二階座敷を借りてお祭りの宴会を開くことにいたしました。みんな食卓に着いて・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・僕は煙草をくゆらしながら、いまからゆっくり話込んでやろうとひそかに決意していた。「働けないからです。才能がないのでしょう。」相変らずてきぱきした語調であった。「冗談じゃない。」「いいえ。働けたらねえ。」 僕は青扇が思いのほか・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・二十代、山の奥、竹の柱の草庵に文豪とたった二人、囲炉裏を挟んで徹宵お話うけたまわれるのだと、期待、緊張、それがために顔もやや青ざめ、同僚たちのにぎやかな声援にも、いちいち口を引きしめては深くうなずき、決意のほどを見せるのです。廻転ドアにわれ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・お客のあさはかな虚栄と卑屈、店のおやじの傲慢貪慾、ああもう酒はいやだ、と行く度毎に私は禁酒の決意をあらたにするのであるが、機が熟さぬとでもいうのか、いまだに断行の運びにいたらぬ。 店へはいる。「いらっしゃい」などと言われて店の者に笑顔で・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・その原稿在中の重い封筒を、うむと決意して、投函する。ポストの底に、ことり、と幽かな音がする。それっきりである。まずい作品であったのだ。表面は、どうにか気取って正直の身振りを示しながらも、その底には卑屈な妥協の汚い虫が、うじゃうじゃ住んでいる・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・先刻、港の広場で、だんなと声をかけられ、ちらと提燈を見ると福田と書かれていたので、途端に私も決意したのだ。とにかく、この夷に一泊しようと。「今夜これから直ぐに相川まで行ってしまおうかとも思っていたのだが、雨も降っているし心細くなっているとこ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・そのような厳粛な決意を持っている人は、ややこしい理窟などは言わぬものだ。激した言い方などはしないものだ。つねに、このように明るく、単純な言い方をするものだ。そうして底に、ただならぬ厳正の決意を感じさせる文章を書くものだ。繰り返し繰り返し読ん・・・ 太宰治 「散華」
・・・あるものと、もう一つには、その独創的計画をどこまでも遂行しようという耐久力の強さ、しかも病弱の体躯を寒い上空の風雨にさらし、おまけに渦巻く煤煙の余波にむせびながら、飢渇や甘言の誘惑と戦っておしまいまで決意を翻さなかったその強さに対する嘆賞に・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・などを読んだ人々は、燈火管制下の夜の凄さというものは、仮死どころか、その闇の中にあって異常に張りつめられている注意、期待、決意がかもし出す最も密度の濃い沈黙的緊張の凄さであることを、実感をもって思い出すであろう。戦線の兵士たちが可愛い。法悦・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
出典:青空文庫