・・・ わたくしは近年市街と化した多摩川沿岸、また荒川沿岸の光景から推察して、江戸川東岸の郊外も、大方樹木は乱伐せられ、草は踏みにじられ、田や畠も兵器の製造場になったものとばかり思込んでいたのであるが、来て見ると、まだそれほどには荒らされてい・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・世の噂をきくに、隅田川の沿岸は向島のみならず浅草花川戸の岸もやがて公園になされるとかいう事である。思うに紐育市ハドソン河畔の公園に似て非なるが如きものが、ここに経営せられるのではなかろうか。とにかく隅田川両岸の光景は遠からずして全く一変し、・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 汽車は沿岸に沿うて走った。傷口のような月は沈んだ。海は黒く眠っていた。 彼の、先天的に鋭い理智と、感情とは、小僧っ子の事で一杯になっていた。 四十年間、絶えず彼を殴りつづけて来た官憲に対する復讐の方法は、彼には唯一つしかな・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ライン河である。太古の文明はこのライン河の水脈にそって中部ヨーロッパにもたらされた。ライン沿岸地方は、未開なその時代のゲルマン人の間にまず文明をうけ入れ、ついで近代ドイツの発達と、世界の社会運動史の上に大切な役割りを持つ地方となった。早くか・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・「ふふむ――で、ヴォルガ沿岸地方は?」「二八年にヴォルガを下って、その時分はニージュニ・ノヴゴロドに、まだソヴェト・フォード工場さえなかった」「ぜひ、ヴォルガ沿岸へいらっしゃい!」 まるで命令するようにその男は云った。「・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ロシアのように広大な国土のところでは、一口にロシアの詩人、作家といっても、黒海沿岸、南露の詩人の気質・表現と、半年雪に埋もれ原始密林を眺めているシベリア地方生れの詩人、作家の気質・表現とは、その扱う題材がちがうように、著しい相異がある。・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ペルシャやカスピ海沿岸との通商関係は進歩して古風な酔どれだらけの定期市の必要がなくなったのである。ニージュニが、その後すぐ始まった第一次五ヵ年計画によってソヴェト第一の自動車製作所を持つようになったことを知った時、私は、ゴーリキイがどんなに・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・な都会、一年の最高頂の時期は、罵声と殴り合いの合奏する巨額な金の集散、そのおこぼれにあずからんとする小人の詭計の跳梁、泥酔、嬌笑に満ち、平日は通俗絵入新聞が地方客に向って撒く文化を糧としつつ、ヴォルガ沿岸の農民対手の小商売で日暮しているとす・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 中国の歴史がうつりかわるにつれて揚子江沿岸の軍閥が擡頭して、白人の事業を破滅に導き、それがやがて辛じて老父の屍を葬る二代目イーベンをせき立てて宜昌から遁走させる「偉大なスローガン」の怒号と高まって来るまで、作者は身についている揚子江航・・・ 宮本百合子 「「揚子江」」
・・・アメリカを征服したヨーロッパ人たちが、このアフリカの沿岸にも侵入し、侵入した限りは破壊し去ったのである。なぜか。アメリカの新しい土地が奴隷を必要としたからである。アフリカは奴隷を供給した。何百、何千の奴隷を、船荷のようにして。しかし人身売買・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫