・・・ なさけないほど肉つきの好いかおに泥水のようなほほ笑みをいっぱいにたたえて片ひざをつきながら、「只今はどうも、わざわざ恐れ入りましてす」 声は前にかわらずやさしいけれ共「その様子では可愛いどころか一寸好いなんかと思う人が有ったら・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・昨日、一日休んだ馬が、パカッ、パカッと勢よく、町へと里道を小さい穴だらけにし、草鞋の両方へ、泥をとました足跡で、道はゴタゴタになって仕舞い、鶏が、馬の蹄の跡の穴の泥水みたいな中へ足を踏み込んで、腹まで羽根をどろでかたまらせて居る。 小川・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・坂からの傾斜があるから、泥水はどしどし門内に流れ込む。粘土が泥濘になる。小舎の敷藁――若しあるとして――もぐちょぐちょであろう。斑の、いやに人間みたいな顔付の犬は、小舎の中にも居られず、さりとて鎖があるから好きな雨やどりの場所を求めることも・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・どうか貴方が一杯余分な如何でもいい、珈琲を召上る時には、一日中何も食べる物のない、泥水のたまった穴の中で暮している小さい子供の事を考えて、思い出して下さい。僕は真個に出来る丈の事をして、助けて上げたいと思います。けれども、まだ仕事は出来ない・・・ 宮本百合子 「私の見た米国の少年」
出典:青空文庫