・・・のやからだけであるという偏見が流布されるようになりはじめているのは、どういう理由だろう。アカという言葉を、戦争中の日本軍事権力は人民を裏切る国賊という意味でつかわせた。そして、侵略戦争に反対する良心の声を抹殺したのであった。その結果は、どう・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・人民戦線の提示の場合ナチス的な封建性と近代民主主義の対立の歴史的な必然を消してしまった日本の一部のインテリゲンツィアは、非道な権力の代弁のように、人間の社会生活の現実にある階級性を抹殺した人間復興論を流布させた。こういうインテリゲンツィアの・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・五年後のきょうの実状をみると、日本の一般には開放的でまた探求心のつよい討議の習慣がつくられるよりも早く、過去の半封建的日本のモラルの標準語であった善とか悪とかいう表現での片づけかたが、流布しそうである。善かさもないものはただちに悪と、固定さ・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
・・・従ってイギリスでは、特別にこの神聖な結婚と純潔な家庭生活という観念が流布して、偏見にまで高まった。その「神聖な結婚」はどんなに多くの場合男女双方からの打算を基礎にした選び合いであり、時には「買いとられた花嫁」を教会が「神聖な結婚式」で祝福し・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・の謳歌によって文飾されたファシズム文学を流布した。女詩人深尾須磨子はイタリーへ行って、ムッソリーニとファシズムの讚歌を歌った。私は目白の家で殆ど毎日巣鴨へ面会にゆきながら活ぱつに執筆した。表現の許される限りで、戦争が生活を破壊して、小学校の・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ドストイェフスキーがこんなに流布していることと、そのような商業出版の理由を考えようとしないで、読者はドストイェフスキーをよまされ、その日本的変種まで批判なしにうけとらされている。ジイドにしても、このことはいえる。これまで一部の人の手本として・・・ 宮本百合子 「はしがき(『文芸評論集』)」
・・・そういう通俗の断論はこれまでに随分流布している。特に、この三四年は日本が日本を再発見する必要に立たされて、文化や芸術の面で日本の古典が再認識を試みられるようになって来た。そして、これまで余り古典にふれなかった文化層の人々がとりいそぎそういう・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・坊主が酒を般若湯というということは世間に流布しているが、鶏を鑽籬菜というということは本を読まないものは知らない。鶏を貰った処が、食いたくもなかったので、生かして置こうと思った。生かして置けば垣も越す。垣を越すかも知れないということまで、初め・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・現に昨年あたりから出たものだけでもエンゲルだとか、トラウトマンだとか、シャアデだとか、流布本ばかりでも沢山ある。進んで専門的の記載となると、いよいよ談が面倒である。しかし私はクノオ・フィッシェルの四冊になって出ているファウスト研究を最尊重す・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・ この兼良が晩年に将軍義尚のために書いた『文明一統記』や『樵談治要』などは、相当に広く流布して、一般に武士の間で読まれたもののように思われるが、その内容は北畠親房などと同じような正直・慈悲の政治理想を説いたものである。この思想は正義と仁・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫