・・・「――浄瑠璃や」 二人は、女将が直ぐは笑いもせず、黒目をよせるような顔をして猶しげしげ自分の掌を見ているので、二重におかしく失笑した。女将は、彼等に身上話をきかせ、その中で、十九年前仲居をしていたとき一人の男を世話され、間もなくその・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 近松門左衛門は封建の枠にしばられなくなった武家、町人などの人間性の横溢をその悲劇的な浄瑠璃の中で表現した。そして、当時の人々の袖をしぼらせたのであったが、ここには様々の女性のタイプがその犠牲や献身や惨酷さにおいて扱われている。しかし、・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・近松門左衛門は彼の横溢的な浄瑠璃の中で、日本の徳川時代の社会の枷にせかれて身を亡す人間らしい男女の愛の悲劇を歌った。カルメンの物語でばかりスペインを知っている人々にとって、またダンテとベアトリチェの物語だけでイタリヤの心を知ったと思う人は、・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・芭蕉よりは十歳以上若い彼は、やはり同じ時代の芸術家らしい現実的、写実的傾向に立っていて、門左衛門の劇作に対する抱負は、昔の花も実もない浄瑠璃に対して、「文句に心を用うる事昔にかわり一等高く」、例えば同じ武家を描いても、「その程その程をもって・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・近松は、あれほど沢山の浄瑠璃を書かざるを得なかった程、義理人情の枠を突破する現実の人間性の迸出を当時の社会にあって感覚したのである。 先頃来朝した戯曲家エルマー・ライスは、今日の世界の到るところに矛盾を認めた。せめて、それ迄の平静さ、へ・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・西鶴の小説が語っているような有様であったから、近松の浄瑠璃が描き出しているような情の世界があふれていたから、それへの警告として、警世家の言葉として益軒の「女大学」をふくむ十訓があらわれたというのも一つの見かたではあろう。だが、近松の浄瑠璃に・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・彼の作品は、浄瑠璃として作られた。日本文学史の中で、近松の作品が持っている最も本質的な価値は、この封建の社会の中にあって封建のしきたり、道徳観、身分制などというものと、むき出しの人間性、ヒューマニティーというものがどのように葛藤し、もがき、・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・少年の読む雑誌もなければ、巌谷小波君のお伽話もない時代に生れたので、お祖母さまがおよめ入の時に持って来られたと云う百人一首やら、お祖父さまが義太夫を語られた時の記念に残っている浄瑠璃本やら、謡曲の筋書をした絵本やら、そんなものを有るに任せて・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・戦略戦術の書を除く外、一切の書を読まない。浄瑠璃を聞いても、何をうなっているやらわからない。それが不思議な縁で、ふいと浪花節と云うものを聴いた。忠臣孝子義士節婦の笑う可く泣く可く驚く可く歎ず可き物語が、朗々たる音吐を以て演出せられて、処女の・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫