・・・ 行儀よく並んだ空壜に、何かの液体を注ぎこみでもするように、教えこまれるあれこれのすべてが、少女たちの若々しい本心に、肯かれることばかりではなかったことは確です。これ迄は、黙って、そっと、心にうけ入れず、其を外へ流し出してしまうしかしか・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・―― 床に黄色い透明な液体が底にたまった大コップがある。胆汁だ。斑猫はそのコップをよけ、前肢をそろえ髭をあおむけ、そっと葉っぱを引っぱっては食っている。ふさふさした葉が揺れるだけだ。音もしない。日本女はもう二時間そうやって寝ている。・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・その上に、十二三箇小さな、黄色い液体の入った硝子瓶がちらばら置かれている。白布の前から一枚ビラが下っていた。「純良香水。一瓶三十五銭」 台の後に男が立っているのだが、赧っぽい髪と、顎骨の張った厳しい蒼白な顔つきとで、到底、買いてを待・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・片隅で煮えている液体の状態を調べてから出て行った。その薬液は、きまった時間をおいて、慎重に観察されながら煮られなければならないものらしかった。 礼儀正しく助手のひとが入って来て、自分の任務を果して出てゆくとき、ひろ子は、そのつど、ぼんや・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・いろいろの色の液体の入った罎、銅や鉄の屑、鉛の棒などがあった。それらのゴタゴタの間で「結構さん」は、朝から晩まで鉛を溶かしたり、小さい天秤で何かをはかったり、指の先を火傷をしてうんうんとうなったり、すり切れた手帳をとり出して、それへ何かしき・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・いろいろの色の液体の入った罎、銅や鉄の屑、鉛の棒などがあった。これらのゴタゴタの間で「結構さん」は、朝から晩まで鉛を溶かしたり、小さい天秤で何かをはかったり、指の先へ火傷をしてうんうんとうなったり、すり切れた手帳を出して、何かしきりに書き込・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・鈍いような、鋭いような、一種液体のような幼年時代がみのえの発育盛りの不安な神経を覆う。彼女は子供と溶け合ってぼんやり転っている。―― 突然、「今晩は」 みのえは、愕然として意識がはっきりすると一緒に、母親が自分の子をひとに押しつ・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・自然は生育の過程の何時の間にか、堅い折れ易い骨の裡に、流動する液体を与えた。 誰が与えられた時を知り、その動揺を知覚し得よう。けれども在る事は事実である。無くては居られない。持たずには居られない。その、神秘的な液体と倶に、人を産んだ「祖・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・しかしそれを敢てする事、その目に見えている物を手に取る事を、どうしても周囲の事情が許しそうにないと云う認識は、ベルリンでそろそろ故郷へ帰る支度に手を著け始めた頃から、段々に、或る液体の中に浮んだ一点の塵を中心にして、結晶が出来て、それが大き・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・酸素や水素は液体にはならねえという。ならねえという間はその積りで遣っている。液体になっても別に驚きゃあしねえ。なるならなるで遣っている。元子は切ったり毀したりは出来ねえ。Atom は atemnein で切れねえんだという。切れねえという間・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫